坂本 孝司 稿 「租税法における記帳規定と簿記の証拠力-ドイツ1919年ライヒ国税通則法及び1977年国税通則法を中心として-」

坂本 孝司 稿
「租税法における記帳規定と簿記の証拠力-ドイツ1919年ライヒ国税通則法及び1977年国税通則法を中心として-」

(TKC税研情報7巻5号 平成10年10月刊)
(TKC税研情報7巻6号 平成10年12月刊)

 本論文は、我が国の青色申告制度は、ドイツのAO・158条と同様に我が国の現行法人税法130条1項及び所得税法155条1項を「正規の簿記だけが証拠力を享受する」というテーゼに支えられたものである、との観点から理解し得ると主張する。

 しかし、我が国の学説は、記帳は義務であるとの前提条件から出発しており、「正規に記帳された帳簿だけに証拠力がある」とか「正規の簿記だけが証拠力を享受する」とのテーゼの存在を未だに認知していない。法人税法130条及び所得税法155条の規定要件を遵守した帳簿に、一定の証明力や証拠力を与える見解は少数であり、有力な学説は「事実の真実についての一応の推定」、「一種の正当性の推定」(これを覆すには確信に至る程度の十分な証拠方法が必要)、「法的には絶対的証拠力はないが、計算の正確性についての証拠は認められる」などと主張する。最高裁判決は、「法定の帳簿組織による記載に基づくものである以上[更正するには]帳簿書類の記載以上に信憑性ある資料を摘示」して更正の根拠を示す必要がある旨判示する。この判決は帳簿の証明力に言及したものではない、と一般に解されている。論者は、このため、納税者の記帳に関する意識は一向に向上しないという結果を招いていると主張する。

 現行法人税法130条1項及び所得税法155条1項は、ドイツAO・158条と同様に、正規に記帳された帳簿に高い証明力を賦与した規定であると位置づけられるべきであるとし、論者はこうした記帳者の権利を「記帳権」として位置づけている。

 一般に、青色申告の更正制限規定(法税130条1項及び所税155条1項)も青色申告に係る租税優遇措置の一つとされている。しかし、帳簿の証拠力は、「正規の簿記だけが証拠力を享受する」とか「帳簿の証拠力は商人の特権である」というテーゼに支えられたものであり、政府が賦与した恩恵(優遇措置)というレベルの命題ではない。帳簿の証拠力は、形式的に正規に記帳された帳簿が保持する本質的機能である。従って、法人税法130条1項及び所得税法155条1項を優遇措置としての側面からのみ位置付ける学説は、かかるテーゼの存在を失念しているとの批判を甘受しなければならない。

 また、「正規に記帳された帳簿だけに証拠力がある」とのテーゼは、たとえ白色申告であっても、帳簿が形式的に正規に記帳されれば、その帳簿には青色申告と同様の高い証明力があると論じている。

 正規の簿記に従って記帳された帳簿が、果たして証拠力を有するか、あるいは単に、係争取引にとっての間接事実にとどまるかについては、大きな論議がドイツにみられ、論者は証拠力説にたって、先に紹介した結論を導き出すなど、大変有意義な論証が実務家によって試みられたものである。

論 文(PDF)・・・・・・3.10MB