堀 勝己 稿 「土地建物等の譲渡損失の損益通算廃止をめぐる税制改正の問題点 ―遡及適用の可否を争点とした裁判例の検討を中心に―」
従来、土地建物等の譲渡所得と他の所得について、損益通算が認められていた。しかし、平成16年3月26日に租税特別措置法第31条1項後段の規定が改正(損益通算が廃止)され、同年1月1日に遡って適用されることとなった。本論文は、この損益通算廃止の規程改正が、憲法第84条(租税法律主義における遡及立法の禁止の原則)に抵触するのではないかとの問題意識から、損益通算廃止をめぐる一連の裁判例を題材として、租税法律主義と遡及立法のあり方について検討したものである。 本論文は、全4章(「おわりに」を含む。)から構成されている。まず、第1章では、本論文の前提となる損益通算制度について、平成16年度税制改正によって廃止されるまでの経緯を概観するとともに、わが国の所得税が原則としている総合課税方式のあり方や分離課税方式の意義、問題点について検討している。続いて、第2章では、租税法律主義と遡及立法禁止の原則との関係について、個別論点が考察されている。具体的には、租税法律主義と遡及立法禁止の原則との関係、遡及立法が許される場合の許容範囲、譲渡所得と期間税の法理、申告納税制度の本質と予測可能性などの検討を通じて、不利益遡及立法の是非は随意税か期間税かの差異に関わりがあるのではなく、また、申告納税制度を担保するうえでも、不利益遡及立法は原則許されるべきではないとしている。次に、第3章では、損益通算廃止をめぐる3つの裁判例を取り上げ、それぞれの判決内容について、租税法律主義の観点から、本規定改正の予測可能性、合理性・必要性の比較検討が行われている。その結果、不利益遡及立法が例外的に許されるとしても、それは納税者の予測可能性を著しく損なわない限りにおいてであるとし、本規定の改正は違憲であると結論づけている。このような分析を踏まえ、最後に、「おわりに」では、本論文全体を総括し、不利益遡及立法は憲法第84条における租税法律主義の趣旨から、原則許されるべきではないと結論づけている。 本論文は、租税法律主義における遡及立法の禁止の原則について、土地建物等の譲渡損失の損益通算廃止をめぐる裁判例を題材として、租税法律主義と遡及立法のあり方について、さまざまな観点から検討を加えた努力作である。本論文の問題意識は明確であり、また、論旨の展開も一貫して明快である。裁判例の比較検討も、よく整理されており、論文構成も手堅いものがある。しかし、導出された結論は主として一般論に基づいており、常識的な結論である点に不満が残る。しかし、如上の評価すべき諸点から判断すれば、修士論文としての完成度は高いものと評価できる。 論 文(PDF)・・・・・・525KB |