芳山 翔良 稿 「法人税法における不法行為による損害賠償請求権の帰属時期に関する一考察  ―従業員による不法行為があった場合を中心に―」

芳山 翔良 稿
「法人税法における不法行為による損害賠償請求権の帰属時期に関する一考察  ―従業員による不法行為があった場合を中心に―」

(青山学院大学大学院 院生)

 本論文は従業員による横領等の不正行為により、法人が損害を被った場合の課税上の問題について検討を行なっている。即ち、損失を受けた法人はその損失を損金として計上する一方で、従業員に対する損害賠償請求権を取得し、同額を収益として益金に計上することとなるが、問題はその損金及び益金の計上時期であり、それぞれの年度帰属をどう考えたらよいのかという問題である。これに関しては、大別すると4つの学説(損益同時両建説、損失確定説、損益異時両建説、損益個別確定説)が存在するが、著者は、その当否につき個別的な考察を行なった結果、「損害及び加害者を知った時」に損害賠償請求権を益金計上すべきとする損益異時両建説が妥当であると結論づけている。これまでの、最判昭和43年10月17日判決をはじめとした多くの判例、そしてまた課税庁の取扱いも、役員、従業員の行為については、損益同時両建説が支配的であったが、著者は同説に対し、不法行為により取得する損害賠償請求権が、その実現可能性が乏しい債権であるという特徴に照らし、損害の発生時に権利の確定があったと見ることには無理があると批判している。従って、著者は、損益異時両建説に立って、不法行為による損害賠償請求権については、その行使が事実上可能となった時に益金に計上すべきとした東京地判平成20年2月15日判決及び同請求権は、権利が法的に発生しているとしても、直ちに権利行使を期待することができないような場合があり得、その場合は未だ権利実現の可能性を客観的に認識できず、当該事業年度の益金に計上すべきではないとした東京高判平成21年2月18日の判示を高く評価している。ただ、一方で異時両建説に拠った場合の損害賠償請求権の収益計上時期、つまり「損害及び加害者を知った時」の判断基準について、上記東京地判が「納税者が現実に認識した時」としていることについては、計上時期の決定に納税者の恣意が介入する余地があり不合理であると批判している。また、上記東京高判についても、損害および加害者を知った時の判断基準を客観的状況によるべきとしていることは評価しつつも、その客観的状況を「通常人であれば損害等を認識できるような場合か否か」という基準によるべしとした点については、通常人という概念が具体性に乏しいとして批判している。

 以上の検討を踏まえ、著者としては、異時両建説における「損害等を知った時」の判断は、取締役が従業員の不正に対する指導監督責任の面で善管注意義務を尽くしたか否かから検討すべきと結論づけている。即ち、(1)従業員の不法行為の防止ないしは発見に対して、取締役が注意義務を十分に尽くしていたと評価された場合には、損害等が発覚した事業年度に損害賠償請求権を益金計上すべきであり、(2)取締役が当該注意義務を十分尽くしていなかったと評価された場合には、権利の存在等を知り得たものとして、損害が発生した事業年度に益金計上すべきとしている。

 従業員等の不正行為に伴って会社が損害を被った場合の損失と損害賠償請求権に基づく収益の計上時期の問題は、単に課税の時期がずれるだけでなく、重加算税の賦課を伴うこともありうるため、課税庁と納税者との間で鋭い対立があり、それが訴訟に至ったケースも多数見ることができる。また、学説上でも損害賠償請求権の持つ権利としての特殊性から、その収益計上時期をめぐって、上記のように四つの説が存在し論争の的となっている。本稿ではそうした、判例、学説について、丁寧な分析を加え、著者独自の観点から、この問題についての妥当な着地点を模索している。即ち、著者としては、損益異時両建説を支持する立場をとりつつも、損害賠償請求権の権利確定時期の判断基準について、納税者の恣意の介入を許す主観的な基準や客観的基準であってもその概念が曖昧であるものを排し、善管注意義務を尽くしたか否かという、会社法上の概念を借用することで、この問題に対するバランスのとれた解決策を提言している。結論に至る著者の論旨展開は明快で説得力があり、それが本論文の最も優れた点と評価できる。

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