馬場 広貴 稿「租税条約上の企業の利得の解釈 ―グラクソ判決における租税条約適合性を中心として―」
本論文の背景は、日本の国際税務分野に関する議論の一つであるタックス・ヘイブン対策税制と租税条約に係る当該税制の抵触関係の論点について、租税条約の明確な解釈が必ずしも存在していないことにある。それにより生ずるおそれのある事態、すなわち納税者の法的安定性および予測可能性の機能が担保されないことにより、今後さらに活発化する企業の国際的な経済活動が中立的ではない税制により企業の事業基盤が崩壊されかねないという問題意識が本論文の研究の動機となっている。そのような研究の動機に支えられた本論文は、租税条約上に定義なされていない用語である租税条約7条1項の一方の締約国の「企業の利得」という文言がいかなる所得範囲を指しているのか、その定義のなされていない用語の解釈指針が統一的に運用されているのか、という問題点に焦点を当てて研究が展開されている。 第1章ではグラクソ事件を取りあげ、日本のタックス・ヘイブン対策税制と租税条約7条1項の抵触関係について検討している。地裁から最高裁までの判決では納税者の主張は採用されず日本の当該税制は租税条約7条に抵触しないことが示されている。しかし、そこでは租税条約7条1項の「企業の利得」の所得の範囲が具体的に判示されていないことから、第2章においては本論文で「企業の利得」について独自の解釈を行うために過去の判例として欧州の判例からえられる解釈指針を明らかにしている。さらに、第3章では「企業の利得」概念の解釈に統一性を与えるために租税条約自体の解釈指針の検討を行い単に条約の文理解釈のみではなく趣旨および目的を斟酌して解釈することで法的安定性および予測可能性を担保することができると主張されている。また、「企業の利得」を租税条約3条と2項に係る国内法令の解釈で援用することが二重課税と二重非課税が生ずる可能性があることが指摘されている。最後に第4章では前2章で検討した「企業の利得」の意義および条約の適合をグラクソ事件に当てはめて検討を行い、最高裁判決は妥当であったことを論証している。 以上、本論文は、国際課税の分野において「企業の利得」概念の解釈に係る研究を通じてその意義と範囲を明確化し、その研究成果は納税者にとっての法的安定性と予測可能性の改善に資するものである。そのような点から本論文の論理性、実証性、独創性は一定の水準を超える論文であると高く評価することができる。 論 文(PDF)・・・・・・600KB |