関口 智 著『現代アメリカ連邦税制―付加価値税なき国家の租税構造―』

関口 智 著
『現代アメリカ連邦税制―付加価値税なき国家の租税構造―』

(立教大学経済学部教授)
平成27年2月 東京大学出版会

 筆者は、アメリカが先進国の中では例外的に付加価値税を導入しておらず、消費課税への依存度が極めて低いことや、租税・社会保障負担率が低いことに着目し、その原因を突き止めることにより、アメリカ租税構造の特質を明らかにしようとする。研究を具体的に進めるに先立ち、筆者は問題意識と分析視角を述べているが、そこでは国際通貨システムと財政構造の形成プロセス、租税構造内部の相互作用とそれを補完する制度、フローとストックの相互作用などを意識しつつ分析するという分析枠組みを提示する。

 本書の構成はⅢ部からなる。第Ⅰ部(問題の構図)では、1990年代以降の「アメリカ連邦財政の特質」を論じ、1990年代の財政再建期における「アメリカ連邦税制の水平的租税関係」を取り上げる。筆者は、連邦政府が準備通貨国としての対外的優位性を保ちながらも、財政活動を通じて社会全体の国民統合を行っていることに着目し、そこにその財政・租税構造の特殊性を見出している。アメリカの租税構造については、連邦の主要税源の動向とそれぞれの税収の特徴を検討し、課税所得と会計利益との乖離などから、その特色の背景となる事情を説明する。

 第Ⅱ部(国内租税政策の論理)で筆者は、法人企業(雇傭主)の立場からクリントン政権期の医療保険改革案と税制との関係を検討すると共に、個人レベルに焦点を合わせてブッシュJr.政権における医療年金保険制度と関連する税制の問題や、医療・年金資金の個人積立口座化の問題、勤労所得の資本所得化(ストック・オプション)の問題を検討する。

 第Ⅲ部(国際租税政策の論理)で筆者は、全世界主義(全世界所得を課税対象とする)を原則としつつ例外的に領土主義を採用するアメリカの国際租税制度の特色を踏まえて、1990年代以降の経常赤字と国際税制との関係を検討する。次いで筆者は、同時期における同国の租税論や税制改革案、消費課税論の展開を考察する。近年、準備通貨国としての地位に懸念が示されていることなども踏まえつつ、アメリカがなぜ連邦付加価値税なき租税構造を維持してきたのか、その要因を明らかにしようとする。筆者は、アメリカの租税構造は、準備通貨国の論理と国民統合の論理との対立と調整の影響を受けてきたと共に、アメリカ特有の社会的・経済的・政治的な構造が反映されてきたことを指摘する。アメリカが付加価値税の導入に踏み切るかどうかの展望は明らかでないが、もし、導入に踏み切るとすれば、準備通貨国の論理と対内的な国民統合の論理との間でなされてきた従来の調整方式を転換するという歴史的な意味を持つ可能性があることを示唆して筆を措く。

 本論文で筆者は、研究の視座や、問題意識の所在、分析視角を明確にしており、どういう観点から研究を進め、何を論じたいのかを丁寧に説明して作業に取りかかっている点が印象的である。本書全体を通じて筆者は、アメリカ連邦租税構造の背後にあるのは、準備通貨国の論理と対内的な国民統合の論理が対立する中で、それらをどう調整するかであるとの認識を明確にもっている。筆者はその状況を、連邦の租税制度、医療保険改革、年金保険改革、ストック・オプション改革などを例に挙げながら、資料と先行研究を引き合いに出して説明しようする。分析過程において多くの財政学・租税法上の先行研究を丹念にフォローし考査している点や、豊富な外国文献を参照している点、労を厭わず租税法研究者の著作への検証をも行っている点などと共に、その過程での詳細なデータ分析は、その述べる内容に一層の説得力を与えている。

 本書は、筆者の年来の研究を集大成したもので、筆者入魂の一書である。テーマの新規性と詳細なデータ分析力を兼ね備えており、優秀な作品であると評価しうる。