采女 梓 稿「取引相場のない株式に係る所得税法59条1項「その時における価額」の解釈―東京高判令和3年5月20日差戻控訴審を素材として―」
采女 梓 稿 (愛知学院大学大学院 院生) 「取引相場のない株式に係る所得税法59条1項「その時における価額」の解釈―東京高判令和3年5月20日差戻控訴審を素材として―」
本論文は、取引相場のない株式に係る所得税法59条1項の「その時における価格」の解釈及び具体的算定方法を導くことを目的としている。第1章では、包括的所得概念と実現主義の概要について整理する。第2章では、譲渡所得課税の趣旨と法的構造について、判例における清算課税説の勃興と、近年の譲渡益課税への傾斜の傾向について検討を加えている。第3章では所得税法59条1項の「その時における価格」と相続税法22条の「時価」の解釈、動的価格概念と静的価格概念について検討を加えている。第4章では、東京高判令和3年5月20日の事例研究を展開している。所得税法59条1項は、私法上の取引価格に基づいて算定される動的価格概念を採用しており、具体的算定方法として「譲渡人の譲渡前における価値と譲受人の譲渡後における価値の1:1の加重平均」を解釈論の立場から提案している。 本論文の特徴は、所得税法59条1項の法的構造と判例・裁判例を踏まえ、従来の「清算課税説」及び「譲渡所得課税説」の限界を明らかにしつつ、「その時における価格」の解釈と具体的算定方法の探求を試みている点にある。相続税法22条の時価は客観的価値である「静的価格概念」であるのに対して、所得税法は当事者間の交渉を経て主観的に決定される「動的価格概念」として、判例やストックとフローへの課税を峻別する理論的研究を踏まえて、整理を試みている点は興味深い。具体的算定方法として何故、単なる均等平均が妥当なのかについては必ずしも論拠が十分とはいえないが、伝統的な論点について、安易に立法による解決を提言するのではなく、既存の法令と判例法理を踏まえた上で、解釈論として独自の見解を模索しようとする探究姿勢を垣間見ることができる。 以上を総合すると、租税資料館賞に値する論文であると判断される。