鹿島 光右 稿「未納付段階における源泉徴収義務者の求償権―所得税法183条1項等の「徴収」の解釈を中心に―」
鹿島 光右 稿 (青山学院大学大学院 院生) 「未納付段階における源泉徴収義務者の求償権―所得税法183条1項等の「徴収」の解釈を中心に―」
本論文は、源泉徴収義務者が源泉所得税を法定納付期限までに納付せず、法定納付期限後から強制徴収又は任意納付するまでの期間(未納付段階)において、納付すべき源泉所得税を本来の納税義務者に求償することが認められるか否かについて検討したものである。 第1章では、未納付段階の求償権を巡る裁判例を分析し、問題の所在を明らかにする。第2章は、源泉徴収制度の沿革及び概要を紹介し、第3章は、源泉徴収制度における、国、支払者及び受給者の三者の法律関係を検討する。第4章では、所得税法183条1項等の「徴収」についての裁判例、学説等を整理し、その法的根拠について考察する。第5章、第6章、第7章では、未納付段階における求償権についての2つのアプローチを整理、比較し、所得税法183条1項等の「徴収」を根拠とする源泉徴収アプローチの妥当性を主張し、未納付段階の求償権は認められると結論づける。 筆者は、裁判例でも判断が分かれている論点につき、未納付段階の求償権の肯定説と否定説を紹介した先行研究をヒントに、従来の裁判例による民法の不当利得からのアプローチをとるのではなく、源泉徴収義務を規定する所得税法183条1項等の「徴収」の解釈論から、源泉徴収制度の法的枠組みを考察し、未納付段階における源泉徴収義務者の求償権の行使を積極に解する肯定説を導き出す。 源泉徴収制度は、税制度としても体系的に完備されているとは言い難い、徴税コストを考慮した徴税の便宜に沿った制度であるところ、近年、極めて複雑化し、源泉徴収義務者が支払い時に天引徴収せず、未納付が生じ、源泉徴収税の原資を確保しなければならない場面が多くなっている。筆者の取り組んだ課題は時宜を得たもので、解釈論を緻密に展開し、具体的妥当な解決策を探求する姿勢は評価される。 問題設定の場面で、「求償」、「納付」、「法定納期限」といった3つの時期に着目し、源泉所得税が天引きされなかった場合の求償パターンを類型化したうえで、検討すべき課題を明らかにしており、筆者の問題意識は明快である。未納付段階の求償権を所得税法183条1項等の「徴収」に根拠を求めたうえで、徴収義務と納付義務との関係、所得税法183条1項等の「徴収」と同法222条の関係、源泉徴収制度の合憲性と支払者の負担という3つの観点から論証しており、その理論構成にも工夫が見られる。 主要な裁判例、先行研究、多くの文献を渉猟して、現在の議論の到達点を踏まえたうえで、丹念な分析から論証を展開しており、源泉徴収制度の本質に照らしたアプローチによる結論には説得力がある。未だ見解が分かれている源泉徴収制度を巡る論点の一つについて議論を前進させることが期待される優れた論文であり、租税資料館賞の受賞に値するものと評価した。