櫻井 達也 稿「必要経費と家事費等の区別―個人事業主が支出する教育関連費用を中心として―」
櫻井 達也 稿 (青山学院大学大学院 院生) 「必要経費と家事費等の区別―個人事業主が支出する教育関連費用を中心として―」
本論文は「大阪高裁令和2年判決を初めてみたとき、なぜこれが必要経費に該当しないのか、という疑問が生じた。内容として、柔道整復業を現に行っており、自ら柔道整復師の資格を取得することに合理的な理由があることから、必要経費該当性要件を満たすと思ったためである。」(106頁)という問題意識を起点にして、大阪高裁令和2年判決の確認(第1章)、必要経費と家事費等の区別の意義・沿革の整理(第2章)、必要経費の要件論に関する先行研究の確認(第3章)、教育関連費用の確認(第4章)、必要経費と家事費等の区別に関する3つのアプローチの内容・特徴の整理(第5章)、以上の各章の検討を踏まえて行う必要経費と家事費等の区別に関する検討(第6章)、必要経費と家事費等の区別が難しいと考えられるパターン別(業務独占資格・開業後取得型、同・開業前取得型、学位の資格・収入獲得業務非直結型)の事例検討(第7章)、総括(第8章)を行うものである。 本論文は、必要経費と家事費等の区別に関する先行研究を丹念に分析し①別段の定め優先アプローチ(家事費該当性からのアプローチ)、②総則規定優先アプローチ(必要経費該当性からのアプローチ)及び③双方向アプローチ(必要経費該当性と家事費該当性の両面からのアプローチ)に整理し精緻に比較検討しており、しかも個々の論点の整理・検討も論理的かつ説得力のあるものであり、実証性の点で優れた論文である。大阪高裁令和2年判決については多くの判例評釈等が発表されているが、必要経費と家事費等の区別という所得税法の基本問題にまで立ち返って法解釈論(方法論も含む)の観点から包括的に研究した論文として、独創性の点でも高く評価することができる。論述を進めるに当たって、それぞれの考え方・見解にその特徴を示す表現で名称を付したり図表やフローチャートを用いたりすることによって議論を整理し分かりやすい論述を心がけようとしている点や論文作法の点でも良好な評価が与えられるべき論文である。 ただ、論文の構成の点では、再考・改善の余地(特に第3章~第5章)が認められるほか、叙述の重複・繰り返しも散見され、整序が必要であるように思われる(「おわりに」106頁で述べている上記の(「率直な」と評すべき)問題意識は「はじめに」3頁の「2.問題意識」の前に述べた方が自然で解り易いように思われる)。内容的には、第6章及び第7章はやや結論ありきの感もある。また、「業務」とりわけ「将来の年分の所得のみを生ずべき業務」についてはもう少し詰めた検討が必要であるように思われる。 とはいえ、総合的にみて、本論文は研究論文としての水準を十分に満たし租税資料館奨励賞に相応しい論文であると評価することができる。