野田 久仁香 稿「商品売買取引の処理方法に関する一考察―「決算中心主義の簿記」と「管理中心主義の簿記」の視点から―」
野田 久仁香 稿 (専修大学大学院 院生) 「商品売買取引の処理方法に関する一考察―「決算中心主義の簿記」と「管理中心主義の簿記」の視点から―」
本論文は、商品売買取引に関する簿記上の処理方法を題材に、従来の簿記教育のあり方に対して、現代のコンピュータ時代における簿記教育のあり方を提言したユニークな論文である。 商品売買取引の処理方法には複数の代替的方法が存在しているが、論文の前半では、それらを岩田巌教授の学説に基づき、「決算中心主義」と「管理中心主義」の処理方法にそれぞれ分類整理している。その中で、現在の簿記教育において支配的な処理方法である「三分法」が「決算中心主義」に基づくものであることを明らかにしている。 論文の後半では、会計パッケージソフトを用いた会計実務の考察を通じ、すべてのソフトにおいて、商品売買取引の処理方法として、やはり決算中心主義に分類される五勘定法が採用されている事実を明らかにしている。その上で、財務諸表作成(決算)を重視する「独立型のシステム環境」では「五勘定法」が適しているのに対し、取引ごとの損益把握(経営管理)を重視する「統合型のシステム環境」の場合には「売上原価対立法」が適合的であることを指摘している。 以上の考察を踏まえた上で、現状では、簿記教育・実務のいずれにおいても、売上を後から一括して計上する三分法思考、すなわち決算中心主義的な処理方法が支配的になっていると結論付ける。さらに、独立型システム、統合型システムのいずれを選択するかは各企業の任意であることから、「決算中心主義」に偏重する簿記教育の現状をあらためて問題視するとともに、販売の都度売上原価を把握する点で「管理中心主義」と親和性の高い「売上原価対立法」を簿記教育に組み込む必要性を指摘し、論を結んでいる。 誰もが所与として受け入れがちな「三分法」に冷静な目を向ける筆者の問題意識自体に、まず独創性が認められる。また岩田巌教授の提示した「決算中心主義」と「管理中心主義」を軸に、商品売買の代替的会計処理を理論的に整理し、オリジナルの分類モデルを示した点も、論理性、独創性の点で高く評価できる。 高校教育から、大学講義、検定試験、実務に至る、あらゆる目的の簿記テキストを広くレビューし、簿記教育における「三分法」の支配的地位を明らかにした点は、本論文の白眉である。さらに会計ソフトにおける商品売買取引の処理方法の解明にあたり、その先駆けともいえる「TKC財務三表システム」に関して行った飯塚毅記念館での実地踏査とも併せ、精力的な調査に基づく実証性を特に高く評価したい。 さらに本論文は、簿記本来の目的は業務管理にあることを、改めて認識させるという点でも意義深い。今日、ともすれば財務報告の側面に焦点が当てられがちな会計学にあって、本論文は今後の簿記・会計教育のあり方に一石を投じるものといえる。租税資料館奨励賞に相応しい優秀な論文として大いに評価したい。