林 正義 著『税制と経済学―その言説に根拠はあるのか―』

林 正義 著 (東京大学経済学研究科 教授)
『税制と経済学―その言説に根拠はあるのか―』
(2024年8月 株式会社中央経済社)

 本書は、昨今の税制に関わる諸言説を、経済学のエヴィデンスに基づいて評価する一般向けの高級啓蒙書である。1章から6章までの6章構成で、①配偶者控除制度は女性の就業調整をもたらすのか、②労働所得税が高いと勤労意欲を削ぐのか、③税によって社会的格差を是正することができるのか、④企業減税をすれば経済成長が促されるのか、⑤消費税の軽減税率によって社会的弱者が救えるのかなどの、政治的、マスコミ報道的に取り上げられることの多いテーマについて、数理経済学理論とデータを用いて検証する。

 本書の最大の特徴は、こうした言説を、専門的・学術的になりすぎず、しかし、確固とした経済学的エヴィデンスを以て評価している点にある。こうした性格の著書はこれまで少ない。多くの類似書は、一般書と言いながら経済学の素養が十分になければ到底理解できない高度な内容であったり、反対に科学的なエヴィデンスの基礎づけが曖昧であったりするもの―著者の「勘と経験と思い込み」によるもの-が主であった。その意味で本書の独創性は高い。議論が実際の制度を前提として、しっかりとしたデータや経済理論の根拠づけを伴って展開されており、実証性、論理性も優れている。

 一般向け啓蒙書ではありながら、本文中では各所に、関連する内外の学術論文を引用しており、また各章の末尾に詳細な参考文献を挙げている点も特徴的である。これらは、各分野の専門的研究者にとっても有益な情報を提供している。その一方で、若干テクニカルに過ぎると思われる個所は補論で詳しく説明するなどの工夫を施して、一般読者にとっての読みやすさを維持している。このように本書では、科学的エヴィデンスと読みやすさ・理解しやすさの絶妙なバランスがとられている。また、巷で語られるテーマを取り上げているからこそ、一般読者が手に取りやすい内容となっている。

 本書は上述のように、特定の税目に関わる特定の仮説の当否を論じてはいるが、それ自体が本書の目的というわけではない。最終章で展開するように、むしろそれらを通じて、昨今語られることの多い、EBPM(Evidence-based Policy Making)の重要性を訴えることにある。それにより「きちんと考える」姿勢の重要性を説く。租税政策は、制度が複雑であること、また利用可能なデータが限られていることから、EBPMが特に遅れている分野と言える。そうした意味でも本書の意義や貢献は大きく、意欲にあふれた、優れた著作であると判断する。