長戸 貴之 稿 ”Unilateral Tax Policy for Attracting High-skilled Individuals in a Globalized Economy”
長戸 貴之 稿 (学習院大学法学部 教授)
”Unilateral Tax Policy for Attracting High-skilled Individuals in a Globalized Economy”
2025年1月 IBFD発行 Blueprint for Individual Income Taxation Reform in a Globalized World 掲載
本論文は、経済のグローバル化、デジタル化によって可動性を増す高技能労働者をめぐる租税競争を題材に、一国(単独)主義的な観点から租税政策のあり方を、経済学・法学からのアプローチにより検討するものである。
欧州と日本の状況から、新規居住者のみに税制優遇措置を付与するアプローチ1、既存居住者を含むすべての居住者を対象とし、事実上高技能・高所得労働者に税制優遇措置の付与は限定されるアプローチ2に類型化して検討する。経済分析からは、自国税収最大化の観点からアプローチ1を優位とし、法的分析からは、アプローチ1は市民で構成される既存居住者と非市民で構成される新規居住者の対立を、アプローチ2は高所得者と中所得者との対立を惹起すると整理し、民主主義国家の構成員の視点から分析し、筆者は、市民権の有無により構成員を判断するSchönの考え方を支持し、市民と非市民の対立を生む可能性はあるが、アプローチ1が、法的に害悪が少ないと結論づける。
本論文は、2024年5月16-17日に開催された2024 IBFD Academic Tax Conferenceのアウトプットとして、IBFDから出版されたBlueprint for Individual Income Taxation Reform in a Globalized Worldに収録された英語論文である。本論文の最大の特徴は、2つの高技能労働者獲得政策(アプローチ1、アプローチ2)の優劣を、ゲーム理論という経済学的分析と法学的分析を併用して論じていることである。
Global Mobilityの下、高技能労働者のような特定の個人に対する租税優遇措置を付与する租税競争が激化しており、一国の租税政策のあり方を検討した示唆に富む論稿である。日本においては、プライベートエクイティファンドのマネージャーが稼得するキャリードインタレストの例があり、デジタルノマドビザが導入されたように、人の移動、越境リモートワークが増加するならば、租税政策を検討するうえで、本論文は、その理論的枠組みを示しており、学術的貢献は大きく、高く評価できる。なお、強いて言えば、経済学的分析について、次の懸念がある。
(1)分析手法としてのゲーム理論が最も初歩的な囚人のジレンマであることはいいとしても、各セルの利得を導く数値的前提がアドホックである。単なる例示に過ぎないのであれば、そこから導かれる結論もひとつの可能性に過ぎず、確定的結論とは言えないはずである。
(2)各利得表の各利得がどういう計算で得られた数値なのかの説明が不十分である。読者が推測することは不可能ではないが、読者にわかりやすく明確に説明するべきである。
(3)そもそも、各国が高技能労働者獲得政策をとるのは、税収最大化のためなのであろうか。法人税についても言えることだが、租税競争に至る各国の本源的意図は、生産の向上、経済の活性化なのではないか。この点について十分な議論なしに、各国政府の利得を税収増に矮小化している感が否めない。
ただし、これらの懸念は論文全体の評価を損なうものではなく、本論文が租税資料館賞受賞に十分値することに変わりがない。