片平 直子 稿「残余利益分割法の適用に関する一考察―日本ガイシ事件を題材として―」

片平 直子 稿 (筑波大学大学院 院生)
「残余利益分割法の適用に関する一考察―日本ガイシ事件を題材として―」

 本稿は、日本ガイシ事件東京地裁判決で取り上げられた残余利益分割法の適用事件から、基本利益と残余利益の区分に際して行われる比較可能性分析の理論の整理に加えて、当事者の主張・立証や裁判所の審理の在り方など、訴訟遂行上の課題を抽出して、それぞれについて先行研究を踏まえたうえで、筆者が必要と考える処方箋を列挙した論文である。

 すなわち、①前段階である基礎利益を適正に抽出するための比較対象取引の選定という移転価格税制のメカニズム自体の課題の抽出と検討、次いで、②比較可能性分析が訴訟で争われた際の主張・立証過程での釈明権行使による裁判所による紛争解決機能強化の必要性という訴訟手続への提言、更には、③それら残余利益分割法の適用に関する予測可能性を担保するための行政側からのガイダンス(措置法通達)の充実を求めている。

 これらの分析に向けて、まず第1章では、日本ガイシ判決の概要と同判決についての賛否の判例評釈から、両利益の峻別が困難なこと、超過減価償却費の残余利益分割ファクターとしての適格性、更には主張・立証等の審理の在り方の3点を抽出し、過去の利益法関連判決に現れた比較可能性に係る判断基準から、基本利益算定の在り方が訴訟における勝ち負けを左右すると結論付けている。第2章では、我が国の移転価格法制史を概観するとともに、BEPS勧告13によるマスターファイルの文書化義務を踏まえた課税要件認定の必要性を確認している。第3~4章では、残余利益分割法の適用に当たって必要な比較データの選定と適切な差異調整をめぐる訴訟上の攻防の手続を論じたうえで、これらを総合した行政ガイダンスの必要性を含めた改革提言を最後に行っている。

 判決からの課題抽出に当たっては、先行研究を適切に参照しており、筆者の問題意識を分かりやすく説明できている。専門性が高く経済分析への依存が高いがゆえに我が国では裁判所による法的な判断枠組みの提示が不十分となっている本件テーマについて、幅広く先行研究を渉猟して筆者独自の課題解明に取り組む姿勢は、意欲的な修士論文への取組ぶりと評価できる。

 なお、筆者は、本判決における超過減価償却費を超過利益の配分要素とする点に構造的な疑問を抱いて、この点こそ判決の課題と整理している。検証対象とされる取引の実態や状況如何では、基礎利益部分・超過利益部分の分割を特定要素のみに基づいて行えない場合もあり得、その際には、OECDガイドラインも指摘する通り、包括的に諸要素を総合斟酌したうえでの利益分割法に頼らざるを得ないと思われる。この点で、筆者は代替的なデータを用いて必要な修正を加えるアプローチを提言しており、この整理は、最終的には総合的な機能・リスク分析に頼らざるを得ないとしている移転価格ガイドラインの方法論にも沿ったものと認められる。また、訴訟における釈明権等の分析も独自性があり、論文全体として租税資料館奨励賞に値する優秀な修士論文と判断された。

論 文(PDF)