小松原 健 稿「所得税法38条2項における「使用又は期間の経過により減価する資産」の解釈―東京地裁令和5年3月9日判決を題材として―」

小松原 健 稿 (青山学院大学大学院 院生)
「所得税法38条2項における「使用又は期間の経過により減価する資産」の解釈―東京地裁令和5年3月9日判決を題材として―」

 本論文は、所得税法38条2項における「使用又は期間の経過により減価する資産」については税法上の定義がなく、その判断基準が明確ではないことから、その該当性の判断基準を探求することを目的とする。

 本論点に関しては、東京地裁令和5年3月9日判決(以下、「東京地裁令和5年判決」)は、所得税法38条2項における「使用又は期間の経過により減価する資産」は、減価償却資産の償却費の計算方法に準じて減価の額を算出していることから、所得税法2条1項19号及び所得税法施行令6条における「減価償却資産」と、その範囲は一致するものと判示したが、筆者は、文理解釈又は趣旨解釈の観点からも、「使用又は期間の経過により減価する資産」への該当性の判断基準としては、不明確さが残されているとの問題意識を提示する。東京地裁令和5年判決では、自動車の用途が特殊なものであったため、規定の文言の微妙な差異が顕在化した事例であったが、このような規定の解釈の不十分さを指摘する筆者の視点には、独自性が認められる。

 そして、判断基準を定立するための検討項目として、①所得税法38条の沿革と立法趣旨、②所得税法38条における「使用」、「期間」、「減価する」等の各用語の文理解釈、③所得税法施行令6条における「時の経過によりその価値の減少しないもの」と「使用又は期間の経過により減価」しない資産の関係性、④「使用又は期間の経過により減価する資産」と減価償却資産の関係性、⑤「使用又は期間の経過により減価する資産」の判断基準の検討という各論点を抽出し、それぞれについて、丁寧な論証がなされている。

 また、先行研究を、「文理解釈支持説:文理解釈から論じて『減価償却資産』とは異なる概念とする考え方」、「譲渡所得課税趣旨説:譲渡所得課税の趣旨から論じて『「使用又は期間の経過により減価する資産』の判断基準を明らかにする考え方」、「減価償却資産該当説:東京地裁令和5年判決の考え方」の3つに大別し、それぞれの長所・短所等を整理し、検討を加えた上で、「文理解釈支持説」と「譲渡所得課税趣旨説」の折衷説による判断基準を自説とする。具体的には、その資産が業務用資産であるか、非業務用資産であるかを判断した上で、業務用資産と非業務用資産の「減価する」の解釈を分けて、「減価する」の適用範囲を狭くする考え方を提言するものである。本論文の目的である判断基準を導くための論証を、緻密かつ丁寧に積み上げており、その論理展開には説得力が認められる。

 最後に、自説の考え方について、素材とする東京地判令和5年判決において確認しており、研究手法としても基本に忠実といえる。 以上から、論文の構成及び論証の方法としても、優秀な修士論文と認められる。

論 文(PDF)