沈 卉 稿「消費税制度における居住用賃貸建物の定義の不明確性について」

沈 卉 稿 (大原大学院大学 院生)
「消費税制度における居住用賃貸建物の定義の不明確性について」

 本論文は、令和2年度税制改正で取り入れられた、「居住用賃貸建物」に関する新たな制限と事後調整に関する仕組みの問題点を取り上げる。この改正は、仕入れ税額控除制度を使った、自動販売機設置による不適切な還付スキームを除外するため等に行われたが、「居住用賃貸建物」の定義が不明確であるために、1)民泊用建物と社宅で判断基準の不一致が起きている、2)本来なら控除されるべき税額まで制限される可能性がある、3)転用の場合の過剰控除が規制されない、という問題が存在する。そのうえで、これらの問題についての実現可能な解決策として、消費税法基本通達11-7-1および11-7-2や消費税法施行令第50条の2および基本通達11-7-3の具体的な文言追加を提言する。

 建設された建物が居住用か非居住用かは、比較的軽微な修繕・改築が事後的に可能であることもあって、必ずしも自明ではない。しかしながら、消費税法上は、それは建築時に判断し、支払税額控除が認められる・認められないで納税者の税負担い大きな違いを生ぜしめる。これはいわば現実と制度のズレであり、盲点ともいえる。その間隙に生じたのが、本論文が取り上げる問題である。このことに目を向けた筆者の問題意識・着眼点は評価に値する。

 論理展開がわかりやすく、何を主張したいか論旨が明確である。居住用建物の定義が不明瞭とは具体的にどういうことか、その結果、どういう問題が生じているかについても明確に提示している。提言も具体的な文言まで提示していることも高評価である。これはそのまま実務で使える程度に具体的であり、提言のあり方としては秀逸である。

 また、消費税法改正の経緯が、改正事実を中心に明瞭に書かれていてよい。仕入れ税額控除制度の趣旨についても然りである。全体にわたって、無駄・冗長な叙述は少なく、言いたいことをコンパクトにまとめており、引き締まった論文に仕上がっている。

 ただ、随所に「~が客観的に明らかな場合」という表現が出てくるが、それは具体的にどういう場合なのかについての掘り下げがほとんど行われていないことは残念であった。「客観的に明らか」とはさまざまな事案で頻繁に用いられる表現ではあるが、本件ではそれに関するさらに細かい実務上の基準はあるのか、ないのか。ある場合、それは妥当と言えるのか、そうした点にも批判の光を当ててほしかった。

 しかし、その点を考慮しても、租税資料館奨励賞の論文としては高水準の秀作であり、受賞に値すると言える。

論 文(PDF)