中村 美和 稿「無形資産を利用した租税回避に関する研究」

中村 美和 稿 (筑波大学大学院 院生)
「無形資産を利用した租税回避に関する研究」

 国際的経済活動の活発化に伴い多国籍企業が国外関連者へ無形資産等の移転により、実質的な経済活動から判断して所得が帰属すべき国から無税又は低課税の国・地域へ流出し、国際的二重非課税となる問題は「税源浸食と利益移転(BEPS: Base Erosion and Profit Shifting)」と呼ばれている。その経済実態と課税実態の乖離を防止する方策を、戦略的かつ分野横断的に検討し、国際的に協調された対応を促すためにBEPS報告書の公表やBEPS行動計画の提言がなされ日本においても対応がなされてきたが、その効果についての検証は充分になされていないと指摘する。

 付言すれば、「BEPSプロジェクトの基本的に重要な理念は,企業が実際に経済活動を行い価値が創造されている国や地域においての課税権の確保であり,わが国も税制改正で対応してきたものの,その効果はほとんど公表されていない」というのが,本論文の問題意識である。かかる問題意識のもとで,本論文の目的は,日本基準および国際会計基準(IFRS)を採用している企業を対象に,「2015年BEPS最終報告書公表以降における租税回避の程度,および移転価格税制(無形資産と租税回避の関係)について,実証分析を行うこと」にある。

 そのような背景や研究目的から、本論文は、2015年BEPS最終報告書公表後における租税回避の程度及び移転価格税制における無形資産と租税回避の関係について実施された実証研究である。第1章では国際課税の経緯、移転価格税制、租税回避について確認し、第2章において無形資産と租税回避になぜ焦点を当てるのかに言及し、第3章において米国における租税回避の実態を踏まえ、日本の大企業に大手税理士法人による助言に従った租税回避行動があるかどうかを検証する理由を述べ、第4章で検証すべき仮説の構築を行い、第5章で分析手法とサンプルデータについて解説し、第6章で検証結果の分析と考察を行い、第7章で結論の提示と今後の課題を提示している。

 本論文における実証分析の結果として,最も注目される発見事項は次の2点にある。

①       わが国の税制改正後も租税回避行動は抑制されていないこと
②       米国と同様,監査法人ネットワークに関係する税理士法人に税務サービス(アドバイス)を受ける企業に関しては,日本基準採用企業は,無形資産を利用した租税回避行動が行われていると示唆されたこと

 以上の通り、本論文は,わが国企業の租税回避行動を実証的に論証した貴重な研究成果である。本論文における実証研究のリサーチデザインは適切に設計されており,重回帰分析による検証結果の分析も合理的かつ説得的である。また,実証分析による発見事項が,米国と同様の結果であったことは,本論文の研究成果の信頼性をより高めるものであるといってよい。さらに,本論文の論述は明快で分かり易く,文献の引用も適切であり,手際よく整理されている点からも,その学術的価値を極めて高く評価できるものである。

論 文(PDF)