原田 加奈子 稿「夫婦財産契約における課税問題と改善の方向性―精算課税制度導入の提案―」
原田 加奈子 稿 (筑波大学大学院 院生)
「夫婦財産契約における課税問題と改善の方向性―精算課税制度導入の提案―」
本論文は、配偶者の権利を拡充させることを目的に、等しい状況にある人には等しい負担があるべきという租税の水平的公平性を確保する観点から夫婦財産契約を締結した夫婦に不利益が生じないよう、夫婦財産契約により取得した約定持分に相当する金銭等に対して発生する所得税と贈与税の課税問題に対する解決策を検討した5章構成の研究である。
第1章では議論の前提として夫婦財産契約制度の経緯とその詳細を確認し、第2章で所得税と贈与税が課税される根拠を判例と民法の規定に求めて検討し第3章以降の展開の基礎固めを行っている。次に第3章において、①所得税の課税単位の変更、②家族組合制度の導入、③みなし贈与の適用除外という3つのアプローチによる課税問題の解決の可能性を検討し、続いて第4章において夫婦財産契約と生前贈与加算制度と相続時精算課税制度の関係を分析し、夫婦財産契約が相続財産や離婚時の分与財産の前取りとして機能している点を確認し、相続税法の配偶者優遇規定との関係からも贈与税の課税対象外とすべきであることに言及している。最後の第5章においては、結論として、新たな累積課税方式である「夫婦財産契約清算課税制度」を提案し、その制度が租税回避に悪用されないように課税上弊害のない範囲で不課税とする制度設計を行い、特別控除額を現行の配偶者に対する相続税額の軽減規定基づく非課税限度額である1億6千万円として、それを超過する部分については一律20%の課税を行うという提言を行っている。
本論文を総括するならば、本論文は配偶者の権利保護を目的とした夫婦財産契約の締結が税制面の問題が障害となって普及しないことに問題意識を持ち、そうした課税問題の改善の方向性について考察したものである。著者は特に現行の夫婦財産契約において、配偶者が約定により取得する金銭等に所得税さらには贈与税が課税されることが問題であるとし様々な改善策を検討する。具体的には、①所得税の課税単位の変更や、②家族組合契約制度の導入等につき検討するが、いずれもその実現には困難を伴うとする一方で、③やはり障害となるものと想定される相続税法9条の適用に関しては「夫婦対等」という観点か適用除外とすることが合理的であるとした。そして、夫婦財産契約が相続財産や離婚時の分与財産の「前取り」として機能していることを確認した上で、著者独自の提案として、新たな累積課税方式である「夫婦財産契約精算課税制度」の導入を提唱している。
以上のように、夫婦財産契約に内在する課税上の問題点を納税者の立場から解決するために、制度の経緯、課税の根拠、その解決のアプローチについて先行研究の丹念な分析と議論を展開し、各章においては著者の主張について十分すぎる脚注により補強し、多岐にわたる論点を綿密かつ丁寧に検証して現実性のある提言を導いていることを加味し、学術研究としてその実証性や独創性を高く評価できるものである。