松熊 浩治 稿「農業における適格請求書等保存方式(インボイス制度)導入後の一考察―インボイス制度における農協特例を中心に―」
松熊 浩治 稿 (産業能率大学大学院 院生)
「農業における適格請求書等保存方式(インボイス制度)導入後の一考察―インボイス制度における農協特例を中心に―」
本論文は、農業におけるインボイス制度のあり方について、とくに農業協同組合への出荷に特化した農協特例における消費税法上の諸問題について考察し、消費税法等の整備の必要性について提言することを目的とした4章構成の研究である。農協特例は、農業協同組合への無条件委託方式・共同計算方式による出荷については、農業者のインボイス交付義務が免除され、買手は農業協同組合が発行するインボイスによって仕入税額控除が可能となる制度である。しかし、農協特例の要件等について、他法令との性格上不合理なものや実態との乖離が認められる。このことについて、税務当局の検証が追いつかず看過することになれば、租税法律主義や租税公平主義、において問題となる可能性がある。
本論文における問題意識は、農協特例をより明確化・簡素化することにより、農業者が消費税の納税義務や複雑な税務処理から解放され、農業者がさらに農業活動に集中する環境を作り出すことはできないかということにある。そのような観点から、第1章では消費税法の沿革を整理し、次に第2章において農協特例と卸売市場特例の差異を詳細に検討し解決すべき問題点を明らかにしている。それを踏まえて第3章では農協特例の整備について組合員に限定されることによる問題、共同計算方式における人数の問題の検討を行い、第4章で総括を行い著者独自の提言を行っている。
その提言の1つとして、農業特例が零細農家を対象にしているのであれば、組合員以外の者であっても対象にすべきであり、また、農協特例の条件は、卸売市場特例と差異を設けるべきではないとし、農協特例は農業組合でなく農業を守るための特例であることから、農産物の流通は農業協同組合だけでなく卸売市場に任せる方がシンプルであり、農業協同組合だけでなく卸売市場に委託しても変わりはなく、農業特例を設けたというよりは、農業協同組合への出荷については複雑な方法による規定が存在し、販売形態としては理解しにくい構造となっていることから、農協特例にだけ設けられている様々な制限は撤廃し、卸売市場特例と同条件にして農作物を流通させることがわが国には望ましいとしている。
結論を導くにあたり、地元の福岡県内の20の農業協同組合のディスクロージャー誌を調査し、共同計算がなされている成果物の生産部会会員数の実態調査により、消費税法と実体との乖離の存在を発見し、無条件委託方式により農業協同組合へ出荷された農産物はすべてが共同計算方式として扱われていることが明らかとなり、消費税法の解釈論では限界があり、立法論で解決の道を探るべきことを主張する労作である。農協特例は、国民に対する安定的な食料供給の確保、つまり食料安全保障の施策として必要な施策であり、当該特例措置が有効に機能するための現状の問題把握と改善点の指摘を実態調査に基づき行っている点は、農業者が農業活動に専念し引いては消費者の生活基盤の安定を導くものであるということからも、本論文の実証性や独創性さらには啓蒙的な価値を高く評価するものである。