村岡 宏樹 稿「相続税法における連帯納付義務に関する研究」
村岡 宏樹 稿 (九州情報大学大学院 院生)
「相続税法における連帯納付義務に関する研究」
本論文は、相続税法34条に規定される連帯納付義務について、自己の租税以外に他者の租税をも支払うという異例な制度であり、市民的納税倫理に反する債権関係に見える(p5)として、その理論的根拠と実務上の問題点を多角的に検討し、制度の見直しと同条の廃止を提言するものである。
はじめに、相続税及び贈与税の課税方式の変遷を整理し、制度創設当初の課税根拠が「偶然所得課税説」に立脚していたこと、シャウプ税制により遺産税方式から遺産取得税方式に変更されながらも連帯納付義務が維持されてきたこと、現行制度が遺産取得税方式を基礎とする以上、「取得者視点の公平」が重視されるべきであり、連帯納付義務はこれを損なう存在であること、連帯納付義務は仮装分割の防止や徴収の便宜を目的とするものにすぎず、応能負担の原則からも逸脱していると指摘する。筆者は、課税原理との整合性から制度批判を展開しており、課税方式と連帯納付義務の関係を精緻に論じている点は、従来の制度批判よりも一歩踏み込んだ考察であり、説得力が高い。
連帯納付義務の法的性質について、私法との関係から検討し、同義務が連帯保証債務類似の法的性質を持ち、附従性の面では第二次納税義務と類似するものの、補充性は否定される運用下にあると整理する。また、贈与税における連帯納付義務についても担税力減少者に責任を課すというもので不合理であると指摘している。
先行研究の多くが、相続税法34条の1項と4項を中心に論じているのに対して、本論文は、34条各項の個別の分析だけでなく、34条2項と国税通則法5条3項、34条3項と国税徴収法39条の制度的重複を指摘し、立法上の制度整理の可能性を提示している。さらに、平成23年・24年の改正点について検討した上で、部分的改正では根本問題は解決しないとして、34条全体を廃止する立法的解決こそが必要であると結論づけている。
本論文は、法制史や条文構造、課税実務上の運用など豊富な資料を用いて分析しており、制度の根拠や沿革を丁寧に検証している。相続税法34条は実務上見過ごされがちな領域であるが、著者は歴史的経緯と課税理論を突き合わせ、制度の理論的根拠が既に失われていることを明確にしている。また、単なる解釈論の域を超え、法解釈の限界を認めた上で34条の廃止という大胆な処方箋を示した点は独自性に富む。第2章で提示された「取得者視点の公平」との対比による批判や、第5章における国税通則法等との統合案は、従来の議論を踏まえつつも新しい視座を提供しているといえる。 さらに、連帯納付義務の制度的・理論的な矛盾だけでなく、実際の裁判例を通じて、連帯納付義務がもたらす相続人間の不公平を浮き彫りにしており、非常に実証的で説得力がある。特に代償分割における連帯納付義務の扱いは、相続人間の信頼関係が崩れた場合のリスクが顕在化しやすく、実務上の大きな注意点だといえ、相続実務においても大きな示唆を与えるものである。
以上を総合的に判断し、租税資料館奨励賞に値する論文であると評価するものである。