藤村直未 稿「所得控除制度の再考」

藤村直未 稿
「所得控除制度の再考」

(立教大学大学院 院生)

 「平成23年度税制改正大綱」では、個人所得課税の所得再分配機能を回復するために「所得控除から税額控除・給付付き税額控除・手当へ」という改革の方向性が打ち出された。そこでは、人的控除の税額控除化は課税ベースを拡大しながら、限界税率の高い高所得者の負担を相対的に増やす一方、限界税率の低い低所得者ほど負担軽減効果を大きくし、所得再分配機能を強化することができることが謳われている。本論文は、政府が公表した所得控除改革の方向性が所得再分配に有効な手段であるのかを検証することを主たる目的とした研究である。

 かかる研究目的に照らして、所得控除を巡る議論を整理し、わが国における所得控除制度の問題状況を明らかにしている。とりわけ、基礎的人的控除と呼ばれる基礎控除・配偶者控除・扶養控除と控除が過大であると考えられている給与所得控除の見直しが納税者に対してどのような影響を与えるのかをシミュレーション分析により検討し、「所得再分配機能の回復」という観点から望ましい所得控除制度のあり方を提示しているところに本論文の特色がある。すなわち、わが国の財政状態や社会状況を考えると、控除の税負担軽減効果が高所得者層になるほど多くなるという性質をもたず、低所得者層への経済的支援をより効果的に実施できる税額控除への転換が有効であると主張している。

 また、我が国税制の今後のあり方を検討するために、我が国とは異なる負担調整方法を採用しているカナダ、イギリス、オランダの制度に関する外国文献を取り上げ検討していることは本論文の実証性を高めていると評価できるところである。カナダは他の国々に先駆けて税額控除への転換を積極的に進めている。イギリスは所得再分配を重視して所得控除に所得制限を付している。オランダは移転型基礎控除制度を導入しわが国でも注目されている制度である。

 周知のように、我が国では「社会保障と税の一体改革」という方針の下で消費税増税が決定されたが、当該政策による格差是正や低所得者保護を実現するためにも、所得税による再分配機能や財源調達機能を有効にする所得税の抜本的改革の必要性を説いている。また、給付付き税額控除を導入する場合、生活保護費との整合性をどのように配慮するかが課題となるため、基礎的人的控除を税額控除しても当該控除はあくまで最低生活費に配慮した負担を納付税額から減額する役割を担うべきであり、低所得者保護という理由だけで基礎的人的控除に給付付き税額控除を採用するべきではないと論じている。結論として、高所得者に有利になっている所得控除を見直し、税額控除への転換を図る所得税の制度設計を説いている。以上、本論文は、所得再分配のあり方を総合的に考慮した適正な制度の構築を提言した優秀な論文であると評価できる。

論 文(PDF)・・・・・・1.03MB