向井 佑樹 稿「グローバル・トレーディングにおける課税問題  ―独立企業原則の限界と定式配分方式の検討―」

向井 佑樹 稿「グローバル・トレーディングにおける課税問題
 ―独立企業原則の限界と定式配分方式の検討―」

(名古屋商科大学大学院 院生)

 本論文は、グローバル・トレーディングに対する法人所得税の課税方法について、現行の移転価格税制で生じうる制度的な問題点を指摘し、現行制度が採用する独立企業原則の代替案として定式配分方式の適用が可能か否かを検討する。この研究をするにあたって、筆者は、グローバル・トレーディングにおいて従来の国際課税原則である独立企業原則を用いる際に生じてしまう固有の問題の解決にとくに留意しながら分析・検討を行っている。

 本論文では、まず、金融取引の特徴と課税上の問題を整理し、OECD租税委員会において検討されたグローバル・トレーディングをめぐる課税上の問題が確認されている。次いで、国家間の所得配分方法である「取引単位比較方式」と「定式配分方式」の各々に内在する問題点の分析・検討に移る。それらの議論や検討を踏まえた上で、筆者は、グローバル・トレーディングにおける定式配分方式の代替可能性を認め、同方式の採用を提言する。

 すでに多くの論者が認めてきたように、定式配分方式については、世界的な合意の形成が容易ではないことや、恣意的で不合理な利益配分になる可能性のあることが指摘されている。しかも、多国籍企業グループ全体に関する情報収集が困難であるというような問題があるため、定式配分方式は国際課税ルールにはなりえないとの理解も示されてされてきた。しかしながら、筆者は、国際的合意としてはBIS規制その他の国際基準に際して合意が形成された実績が存在すること、また、多国籍企業グループ全体の合算利益の測定については、金融機関はその事業の特性上、リスク計算や管理会計が徹底されており、統一通貨ベースで全世界の財務状況をリアルタイムで把握するなど、全世界ベースの業績管理が行われることから問題はないとする。結局、筆者は、合算利益の対象となる範囲を明確にするなどの修正を加えた定式配分方式を、世界的な機関における世界同時での合意形成の下で、採用すべきと結論づけている。

 本論文は、とりわけグローバル・トレーディングにおけるグループ全体の利益を分割して課税所得を計算するにあたっては、定式配分方式を採用するメリットがあるとする。その際に別途用意される税制では、金融取引税の考え方を一部借用して、取引量を所得分割基準として用いるべきであるとする。

 本論文は、現状のグローバル・トレーディングの機能及び仕組みを細部にわたり検討し、そこから生まれる課税問題について、先行研究や海外の文献を踏まえて結論を導いた優れた研究である。筆者はグローバル・トレーディングに限定して定式配分方式を説くが、惜しむらくは、そのアプローチが「より問題の少ない方法を検討すべき」というものだった点である。これは裁判例(Container Corp.事件)からの示唆であるが、それに拘泥することなく、あくまで理論的に正しい方法を模索してほしかった。

 この点に課題は残るものの、本論文が所得配分方式のあり方に一石を投じたことは確かである。構成も良く出来ており、文章も明瞭である。また、グローバル・トレーディング事件については開示請求で裁決書を入手して分析を行うなど、その研究姿勢は誠に真摯である。租税資料館賞を授与するのにふさわしい労作といえる。

論 文(PDF)・・・・・・792KB