金田 陸幸 著『個人所得課税の公平性と効率性 ―マイクロシミュレーションによる実証分析―』

金田 陸幸 著『個人所得課税の公平性と効率性 ―マイクロシミュレーションによる実証分析―』

(尾道市立大学経済情報学部講師)
平成30年10月(株)日本経済評論社

 本書は、全国消費実態調査等の個票データを用いて所得税・個人住民税の再分配効果等を実証した研究の集大成であり、以下のように構成されている。

 第1章ではマイクロシミュレーション分析の概要と既存研究の状況を紹介し、日本で利用可能な個票(マイクロ)データの特徴と処理方法の概要を示している。

 第2章では1989年、1994年、1999年および2004年に総務省が実施した全国消費実態調査個票データを用いて、税制の所得再分配効果を計測している。所得格差としては「タイル尺度」と呼ばれる指標を用いており、再分配効果は所得階級別、年齢階級別に算出している。格差是正の要因は税率、控除に区別されるが、分析の結果、すべてのモデルを通じて所得税による所得再分配効果は低下傾向にあることが示されている。2015年税制効果の影響を2004年データに適用した分析も行っており、公的年金等控除の減額が再分配効果の低下の主因として挙げられることを指摘する。高齢化で収入の低い高齢者の比重が高まるほど、公的年金等控除の効果が増すことになるが、公的年金等控除については勤労者の税負担との関係で不公平という指摘もあり、その縮減はこうした批判に応じたものである。筆者自身が認める通り、格差の拡大自体が改悪という判断にはならない。

 第3章では個人住民税の所得再分配効果を、第2章と同様に、タイル尺度を用いて分析している。個人住民税は2006年に税率がフラット化されているが、なおも一定の再分配効果が認められている。

 第4章では所得課税の経済厚生を分析する。家計の効用関数には標準的なCES関数が採用されている。年齢別にみると、60歳未満については1988年から2015年の税制にかけて厚生悪化は見られなかったが、60歳以上は公的年金等控除の縮減、老年者控除の廃止もあり中高所得層で厚生の悪化が見受けられる。ただし、社会全体でみてどのように評価されるかという分析はなされていない。

 第5章では税制が女性の就労(労働供給)に及ぼす影響を実証分析している。具体的には配偶者控除の見直しが就労に与えうる効果を検証し、配偶者控除の廃止は労働供給の増加に繋がることが示されている。他方、「移転的基礎控除」の場合は、むしろ、労働供給を抑制する方向に働くことになる。移転的基礎控除は配偶者の収入65万円から(配偶者特別控除が解消される)141万円までの「二重の控除」を除くもので、結果として低収入で増税になることが理由であろう。第6章では、この第5章での分析手法を、今後、少子高齢化が急速に進むと思われるタイのデータに適用している。

 本書は、所得税の格差是正効果、厚生効果、就労効果について、個票データを用いながら包括的かつ堅実に実証をしている。わが国では、働き方(就労)に中立的でありつつ、所得税の再分配機能を回復する必要性が改めて問われている。こうした現代的な課題に対しても多くの示唆を与える良書である。この分野の研究は数多く見られるが、本研究にはデータの更新を続けることで、さらなる学術的貢献をすることを期待したい。