藤岡 祐治 稿「為替差損益に対する課税―貨幣価値の変動と租税法―」

藤岡 祐治 稿
「為替差損益に対する課税―貨幣価値の変動と租税法―」

(東北大学大学院法学研究科准教授)平成29年10月~31年2月 国家学会『国家学会雑誌』第130巻9号~132巻2号掲載

本論文は,為替差損益に対する所得課税の課題を、アメリカにおける法制度や理論を参考にしつつ分析し、指摘する。

本論文は3章で構成されている。第1章では,租税法における金銭(貨幣)の位置づけからはじめ(第1節),租税法においては名目価値主義がデフォルトである以上,時間的な貨幣価値の変動であるインフレーションや地域間の貨幣価値の変動である物価地域差によって貨幣の対内価値の変動が租税法に影響を及ぼしうることを論じる(第2節)。さらに,変動相場制の採用によって国際通貨制度が大幅に変容したため,為替差損益が発生する局面が大幅に増加したことを指摘しつつ(第3節),日本における為替差損益に対する課税の関係規定が十分に整備されていないことやその規定自体が為替差損益そのものに着目していない旨主張する(第4節)。第2章では,アメリカ合衆国の為替差損益に対する課税問題を扱い,1986年の機能通貨概念の導入が為替差損益課税にとって画期的な意味を持ったこと及びインフレーションも考慮に入れた税制を構築していることが指摘されている。第3章では,為替差損益に対する課税を経済学的観点から分析し,外国通貨建資産に関する収益は,①名目的な利子部分,②実質的な利子部分,③実際のインフレ率から説明される予想されない為替差損益部分,④③以外の予想されない為替差損益部分,⑤インフレ部分に分けられることを示している。

本論文は,従来研究の蓄積が少なかった為替差損益に対する所得課税という分野に始めてメスを入れている。その作業を進めるに当たっては、為替差損益の本質にまで遡って考察を加えると共に,個々の論点についての検証を、精緻かつ丁寧に行っており、その作業の綿密さは大いに評価される。特に開放経済化における所得概念を論じた第1章第3節や、現行法下における為替差損益に対する課税を論じた同第4節における緻密な分析は,本論文が学術論文として優れており、高い水準にあることを如実に示しているといえよう。

その一方で、本論文には、惜しむべき点も見られる。本論文における問題点の一つは,全体の構成が極めてアンバランスであることである。すなわち,本論文中の記述の大部分は第1章で占められ,第2章,第3章と論述量はだんだん尻すぼみに減少している(「結」に至ってはわずか1頁しかない)。論文執筆に際しては、全体の統一性を保つことにも心を用い、各章間でのバランスや全体の構成を考えて、ある程度は体系的に整える書き方をすることにも注意を払う必要があろう。また、多くの論点につき詳細な分析を加えている点では高く評価しうるが,本論文の分析の結果出されている最終結論は、必ずしも明確ではなく、曖昧模糊としているという印象を受けた。優秀な学術論文であるだけに、将来、著書としてまとめる際には、これらの点を十分に考慮して、さらなる高みを目指されることを期待してやまない。