倉見 智亮 著『課税所得計算調整制度の研究』

倉見 智亮 著
『課税所得計算調整制度の研究』

(西南学院大学法学部教授)
(株)成文堂 令和3年2月刊

 筆者は、稼得された経済的成果の喪失や課税所得計算の誤りなどで、納付税額が減少する場合における過年度あるいは現年度の課税所得計算はいかにあるべきかを、米国との比較研究を念頭に考察する。課税所得計算の調整の仕方には、納付税額を減少するやり方と増加させるやり方との二方法があるが、本書では前者のみを検討の対象にしている。このように研究対象を限定した理由として筆者は、収入ないし収益の事後的な喪失や課税所得計算の誤りの是正は納税者の権利救済に関わる重要な局面であるが、納付税額を増加(追加納付)させる調整には手続に厳格な要件が課されないのに対して、納付税額を減少させる調整手続には厳格な要件が課されており、収入や収益が失われたのに課税が残存するなど、不完全な法的救済にとどまるおそれのあることを挙げている。

 先行研究においても課税所得計算調整規定の変遷や制度趣旨を探求する作業は行われてはきたが、改正経緯や立法趣旨が完全に明らかにされているとは言い難い。課税所得計算調整論は、未だその全貌が明らかにされていない領域といえよう。本書は、経済的成果の損失、計算誤りの是正等の税額減少があった局面において、どのように課税所得計算の調整を行うべきかについて、歴史的アプローチと比較法アプローチの両者を用い、日本法の特徴と問題点を浮き彫りにしている。

 本書は、米国法の沿革と概要を考察する第1編(全4章)と、歴史的視点を重視しながら日本法の分析を行うと共に、比較法的視点から米国法を通じて日本法への示唆を導こうとする第2編(全4章)との二部で構成されている。筆者は、「歴史的視点に立って、日本の課税所得計算調整制度の変遷を克明に描き出す」ことで、課税所得計算調整規定の改正経緯および立法趣旨を解明しようとする。その作業に際しては、一次資料を広く渉猟している点がとくに印象的である。また、丹念な分析・検討を経ることで、筆者は、従来の学説とは異なる筆者独自の観察結果を展開する。一例を挙げると、現行国税通則法上の更正の請求についての立案担当者の意図や解釈を明らかにすると共に、所得税法が無効と取消しとで要件を分けた理由は、法律行為の無効についてのみ経済的成果の喪失を要件としていたドイツ租税調整法5条5項に倣っていることを明らかにする。さらに筆者は、日米比較法的な観点から米国の内国歳入法典1341条に着目し、同規定が定める税額控除方式による還付充当型の現年度調整を参考にしつつ、そのような制度のわが国への導入可能性を検討する。筆者は、単なる外国法紹介にとどまらず、日本法の欠点克服に向けて積極的な提言をすることを意識しており、丹念な分析から導き出されたその結論には説得力があり、高く評価できる。

 本書は、伝統的な研究方法をほぼ踏襲しながらも、全体を通じてその内容が良く整理されていて、整然と論理が展開されるなど、理解しやすい内容となっている。総合的な観点からも、優れた研究書として租税資料館賞を授与するに十分値する。