吉野 徳晃 稿「財産分与と共有物分割の相違からみる財産分与課税の射程に関する一考察―夫婦財産の帰属に関する事実認定に焦点を当てて―」

吉野 徳晃 稿 (日本大学大学院 院生)
「財産分与と共有物分割の相違からみる財産分与課税の射程に関する一考察―夫婦財産の帰属に関する事実認定に焦点を当てて―」

 本論文は、民法768条に定める財産分与が行われた際に、分与者に譲渡所得が発生するかという民法・税法の双方の解釈に関係する命題を取り上げ、税法の立場では、実質的に資産の譲渡と解釈できるかどうかを、判例ではどのような基準で認定しているかを抽出し、そこから、筆者は配偶者の状況による3類型(専業主婦型・共稼ぎ型・家業共同経営型)に区分した解釈原則を導き出している。

 本論文は全6章で構成されている。
 第1章では、本論文の目的(財産分与における譲渡所得課税の射程を明らかにすること)と、本論文の構成を提示している。
 次いで第2章では、所得税法33条1項の譲渡所得がキャピタルゲイン課税であるとの法の趣旨、及び課税の範囲、並びに共有物分割からは譲渡所得が発生しないこと(同法基本通達33-1の7)を確認している。
 第3章では、夫婦財産性と財産分与制度について、①民法が夫婦別産制を採用し、所得税法も所得稼得者単位課税を採用している。②財産分与の法的性質については、「清算的要素」「扶養的要素」「慰謝料的要素」の3つを含むとする包括説が有力説になっているとしている。
 第4章では、財産分与課税のリーディングケースとなった名古屋医師財産分与事件判決を受けて法基本通達33-1の4が発遣され、現在に至るも支持されていると述べ、次いで、清算的財産分与について、東京高裁平成6年6月15日判決により譲渡所得課税の対象になると判示されたことで、論争に一応の決着がついたとしながらも、原始的な共有財産と認定されれば財産分与課税の射程外となるのではないかとして、次の第5章において、夫婦財産の帰属の認定に焦点を当てて検討している。
 筆者は、夫婦を形態別に「専業主婦型」「共稼ぎ型」「家業共同経営型」の3つに分けて裁判例等を分析し、第6章において、「専業主婦型」は財産分与課税の射程が及ぶが、「共働き型」はその財産の購入原資が夫婦双方で負担されている事実が、「家業共同経営型」は「共同経営の実態」が事実認定される限りにおいて、ともに共有財産となるから、共有物の分割になり、原則として財産分与課税の射程が及ばないとの結論を導いている。

 この課題は、多くの先行研究が存在し、議論が尽くされているともいえる分野であるが、筆者は、民法の解釈と税法解釈の複数説を検証して自説(実質的に共有財産を構成するかどうかは、夫婦の共同財産への貢献度に応じて個別に判断)のポジションを構成し、提言に結び付けている。

 問題意識と、裁判例と裁決例の分析は明確に行われており、先行研究を参照した論旨にも一貫性が認められる。ただし、最近の働き方改革の中で現れた夫婦の所得稼得の諸類型についての具体例に関する拡大検証(例えば、夫婦弁護士事件判決への言及など)は行われておらず、物足りない部分も指摘できる。 
しかし、全体的には、修士論文としての租税資料館奨励賞基準は満たした論文と判断する。 

論 文(PDF)