小川 晃司 著『日本の中小企業会計制度―歴史的変遷と現行システムの解明―』

小川 晃司 著 (税理士/公認会計士)
『日本の中小企業会計制度―歴史的変遷と現行システムの解明―』 (2023年3月 ㈱中央経済社)

本書は、中小企業の経営者と税理士に対して、日本の中小企業会計制度が世界に誇るべき独自の会計制度であることの理解を高め、両者の協力による当該制度の積極的な活用が中小企業経営の発展につながることを主張した研究書である。補足するならば、日本の中小企業会計に関する諸制度の特徴や理念について、諸制度の成立から現在に至る「変遷」を縦糸とし、一方で著者の職域である「税務業務」を横糸として、それらを包括的かつ体系的に描写した学術的曼荼羅と例えることができる点に本書の真骨頂がある。 本書は7章で構成され、各章における検討の主題は、①明治期における中小企業会計の萌芽と現行制度までの歴史的経緯(第1章)、②企業会計原則と税法における正規の簿記の原則(第2章)、③確定決算主義の本質(第3章)、④税理士業務における独立性(第4章)、⑤書面添付制度の経緯と役割(第5章)、⑥中小企業金融における税理士の関与(第6章)、⑦会計参与制度(第7章)となっている。 従来の中小企業会計制度に関する研究の多くは、バブル経済崩壊後の日本経済の復興の条件の一つとして、「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する基本要領」を利用した中小企業の自計化と経営管理の厳格化が、中小企業の業績改善及び銀行等からの外部借入の円滑化並びに金利低減につながるという政策提言に止まっていた。 本書は、そのような限界を克服するために、中小会計指針や中小会計要領の設定に至るまでの、中小企業会計制度の発展を明治期まで遡り、膨大な先行研究を丹念に渉猟し、複式簿記による適時正確な会計帳簿の作成を要求する正規の簿記の原則の設定の背景を明らかにするとともに、企業会計と法人税法の課税所得計算を結びつける確定決算主義の意義を客観的に論証し、従来の議論の外延を広げた研究として評価できるものである。 また、税理士が中小企業金融における第三者の立場で計算書類の信頼性を保証する書面添付制度や会計参与制度をさらに機能・普及させるための条件を提示することで、「税理士には独立性が欠如しているから顧問先の計算書類の信頼性を保証できるはずがない。」という巷間の誤解を解き、将来の資金調達に関する制度設計を検討する上で斟酌すべき重要な多くの論点が示されており、この分野における将来の研究のベンチマークとなり得る点で本書の学術的貢献は傑出している。 以上、本書は、著者の20年以上に及ぶ税理士業務の経験に基づいた知見が随所に生かされている点、先行研究に関する緻密な分析と整理を行っている点、税理士業務に関連する法令条文の入念な解釈に基づいた議論が展開されている点において、その実証性や独創性を高く評価できる重厚な学術研究となっている。