小林 裕明 著『課税所得計算と企業会計の接点と乖離』

小林 裕明 著 (青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科 教授)
『課税所得計算と企業会計の接点と乖離』 (2023年3月 同文舘出版㈱)

   

 本書は、「課税所得計算と企業会計の接点と乖離」というタイトルが示す通り、企業会計と課税所得計算との間の変化している関係およびそれが生みだす問題点を、一冊の書物の形で体系的に著したものである。企業会計のルールや慣行に従って行われた会計処理は、課税所得の算定において是認されるのが原則であるが、近年、企業会計自体の変革が進んでいるため、会計実務において妥当・公正と認識される会計処理が課税所得計算には適合しないとされるケースが増大する。本書はこうしたケースを、実例を踏まえて多面的・多角的に取り上げ、考察を加える。第1章から4章までは公正処理基準、益金・損金の帰属年度について総論的に論じ、第5章以降は損金の各項目―貸倒れ、減価償却、役員報酬、交際費など―ごとに重要判決を紹介しつつ、企業会計との違いを整理したうえで、自らの考えを展開する。本書が概略、このような内容になっている。

 グローバル化を含む経済環境の不断の変化に伴い、企業会計基準は随時新設・改正され、国際財務報告基準の任意適用も拡大しているため、企業会計と所得課税計算の調和を図る必要性は、ますます重要になるに相違ない。こうした意味で、この状況が生みだす諸論点を、断片的ではなく、体系的かつ多角的・多面的に提示している本書は、高い価値を有する良書である。高度な専門書でありながら、総論部分などで公正処理基準、益金・損金の帰属年度などの基本的な事項についてもカヴァーしている他、随所で複雑な事案の説明に図解を用いている。こうした点は本書を、扱うテーマの難しさ、複雑さに比して、相対的に読みやすい書物にしている優れた点と言える。

 著者は長く課税庁に勤務し、実務家として本書が扱うテーマの多くに関わってきた。特に、国税庁審理室時代に関わった「航空機リース事件」で、重要な意義ある研究の視座を得たようである。退職後は大学においてそれらを学術的に究める活動に携わってきている。本書は実務、学究両面での探求で得た筆者の知見の集約としての位置付けをもつと伺われる。こうした筆者のキャリアを鑑みるにつけても、各章で取り上げるテーマに関わる議論の論理性は大変高い。ひとつひとつの文にも無駄がなく、良く練られている。課税所得計算と企業会計の差異の有様を重要判例-オーブンシャ事件、興銀事件、NTTドコモ事件、オリエンタルランド事件など-を豊富に紹介しながら進めており、その功績は多大なものがあり、優れた実証性も有している。

 一方、本書のテーマは広く、多くの研究者が関心を寄せる重要問題でもあることから、独創性は、論理性、実証性ほどは高いとは言えない。また、今後の課税所得計算と企業会計の関係について、そのまま介入せずに行くのか、あるいは何らかの誘導、調整が必要であるかについて言及が見られないことに、幾らか物足りない点があるようにも思える。しかしながら、こうした点を考慮しても、租税資料館賞に値する秀作と評価する。