荒井 雄大 稿「調査受忍義務の円滑な履行のための施策について―納税者の「権利」と行政上の「義務」の観点からの考察―」

荒井 雄大 稿 (国家公務員/筑波大学大学院 院生
「調査受忍義務の円滑な履行のための施策について―納税者の「権利」と行政上の「義務」の観点からの考察―」

   

 本論文は、課税庁の職員による質問検査権の行使につき、国税通則法128条2号の罰則の存在をもって、間接強制調査と説明される通説は実態に即しておらず、刑罰による威嚇は実効性を喪失しているとして、質問検査権行使に係る法的強制力のあり方について検討し、調査受忍義務が納税者の自発的な情報提供により円滑に履行されるための納税環境整備について考察し、新たな施策を提言するものである。

 本論文は全5章からなる。第1章は、検査拒否等に対する罰則の沿革及び近年の政府税制調査会の納税環境整備の議論を確認し、第2章は、第1節で、調査拒否等に罰則が適用されない原因について、第2節以下は、納税者が制裁を受ける際に保障されるべき「権利」と調査受忍義務の権衡に配意した制裁の在り方について整理している。第3章では、実体法・手続法における制裁手法につき、現行の刑事罰に代替する可能性を検討し、いずれも実効性を欠くのが現状であるとする。第4章は、自発的な情報提供の誘因とする制度を租税法に導入するために、他の法領域における行政調査とその実効性確保手段等を参考に、一部導入済みである、加算税の軽減をインセンティブとして一般化することを提言している。第5章は、これらを踏まえて、調査受忍義務の円滑な履行のための新たな施策を提言するものである。

 適法な質問検査権の行使に対する検査拒否等には罰則があるにもかかわらず、この罰則規定は実務上ほとんど適用されていない。実際に適用された例は、昭和53年判決を最後に6例のみである。この一見奇妙な現況に至る歴史的・制度的事情を明らかにし、検査拒否等の罪が立件に至る前提としての操作の段階から、課税庁による権限行使が法的に困難な状態であることを、論理的に、簡潔に説明しており、有益である。

 筆者は、刑罰による威嚇が実効性を喪失している現状を踏まえ、税務行政の執行の公平性を担保するための方策として、検査拒否等に対する制裁のあり方について考察している。憲法や行政法における議論及び判例を参照し、制裁を受ける側の納税者の「権利」について、詳細に考察している。その上で、納税者に保障される「権利」の具体的内容については「納税者権利憲章」に規定することが望ましいとする。その場合には、司法審査の対象となるように、国税に関する法律等に根拠条文を規定する、という規定後の実効性にまで配意している。

 筆者自身が認めるように、論文が考察する範囲は広くはないが、考察している範囲では明確に整理されていて読みやすい。筆者の問題意識と分析の明晰さに対して、政策提言部分のインパクトはあまり強くないようにも思われるが、実務を踏まえた現場からの貴重な提言であり、検査拒否の非罰化を説くところは実際に即した立論と評価できる。 

論 文(PDF)