矢嶋 ますみ 稿「所得税法上の「住所」に関する一考察―グローバル化・IT化の進む現代における所得税法上の居住者判定について―」
矢嶋 ますみ 稿 (産業能率大学大学院 院生)
「所得税法上の「住所」に関する一考察―グローバル化・IT化の進む現代における所得税法上の居住者判定について―」
本論文は、コロナ禍によるパンデミック発生により日本に一時帰国した外国子会社駐在員が、帰国期間の延長により二重非居住者認定を受けて、その結果、救済措置が不可能な二重課税状態に陥るかもしれないとの懸念に基づき、そのような事態を避ける居住者認定ができないかを検討した論文である。
問題提起の第1章の後、第2章でまず所得税法とOECDモデル条約における居住者の定義とその効果を確認し、3章では、国内法上居住者であるかどうかの主要決定要因とされる住所概念の諸学説を紹介するとともに、税務で住所が争われた代表的な武富士事件最高裁判決における借用概念としての住所解釈及びその具体的な斟酌要因の判断基準を確認し、筆者として、住所につき客観説・複数説をとるスタンスを確認している。
そのうえで、第4章では、シンガポール在住の日本人経営者の住所認定について「国境をまたいで活躍する者の生活の本拠」について職業活動を新たに判断基準に据えた納税者勝訴判決を取り上げ、多くの研究者・実務家による賛否両論をリサーチして、判断要因を検討している。
更に5章では、生活の本拠について状況の異なる納税者の住所認定に係るその他判決も参照したうえで、滞在日数に加えて筆者が重点的勘案項目と判断する①職業活動、②配偶者等の居住、③資産の所在、の要因を比較検証したうえで、諸外国法制の比較法研究を行っている。第6章では、住所認定のメルクマールとなる「生活の本拠」認定の諸要素に係わる研究者・実務家による多くの判例評釈を比較検討して、冒頭のリモートワークの納税者や租税回避が疑われる者については、滞在日数に重点を置く解決案を提示している。
居住者課税の実施に当たり、昨今のコロナ禍での海外駐在員の国外でのリモート勤務の増加がもたらす住所認定の困難という問題を出発点として、そのために発生する二重課税を避けるための方策を検討する論文である。そのために、国内の法制・各種裁判例の検証に加えて、各国における国内法の規定ぶりの比較検討を行っている点において、リサーチ効果が発揮された論文である。
この課題は、モデル条約の15条の短期滞在者免税の局面と一般的な居住者認定のための住所認定の問題(モデル条約4条)にまたがるものであるが、筆者の問題意識は、会社員の被用者性から出発した15条の基盤から始まり、より一般的な居住者認定へと進んでいる。
このテーマは、課税庁間においても大きな関心を呼んでおり、OECDも、各国の当座の対応状況をレポートで報告している。筆者の8カ国を網羅した比較法検討も、そのような取り組みとマッチしており、時機を得た独自性のある論文と評価される。