野崎 博和 稿「相続資産に対する相続税と所得税の課税の交錯―所謂「生保年金二重課税事件」とその後の裁判例を題材として―」
野崎 博和 稿 (拓殖大学大学院 院生)
「相続資産に対する相続税と所得税の課税の交錯―所謂「生保年金二重課税事件」とその後の裁判例を題材として―」
(2023年3月 拓殖大学 発行『拓殖大学大学院商学研究科紀要』 2022年度(通巻第50号)掲載)
本稿は、相続資産に対する相続税と所得税の課税関係において二重課税を代表とする交錯関係が生ずる場合が判例において認められ、当該問題に対する学説等専門家の見解にも対立が見られ、そのことから二重課税に関して整合的な法令解釈とは何であるかの考察に基づき当該問題の本質を明確化して、その解決策を提言することを目的とした研究である。
そこで、まず第1章において生保年金二重課税事件(長崎地裁判決2006年11月7日、福岡高裁判決2007年10月25日、最高裁判決2010年7月6日)を取りあげ、最高裁では相続資産である年金の各支給額のうち現在価値に相当する部分は相続税の課税対象となる経済的価値と同一のものであり、相続税と所得税の二重課税を排除する所得税法9条により所得税の課税対象とならないと判示されたが、その後の不動産相続の判例2件(相続税と譲渡所得の二重課税判決、東京高判2013年11月21日及び東京高判2014年3月27日)では相続税の対象なった被相続人の保有期間に係る資産の評価差額益(値上がり益)は課税の繰延を規定した所得税法60条により相続人に課されるこが予定されるため所得税法9条の適用は受けず相続税と譲渡時の所得税が課されると判示され、大阪高判(2016年1月12日)による相続税とみなし配当所得の二重課税判決も同様の法理によるものと指摘している。
次に第2章において、上記の判例の判決内容を精査するために、租税法上の二重課税の定義、相続税法及び所得税法の立法経緯などを調査し、さらに海外5カ国(米、英、独、加、豪)の相続税及びキャピタルゲイン課税の制度と実態を確認し、それを踏まえて第3章において第1章で取りあげた判例及び学説の検証を行い、最後の第4章において二重課税の定義を広義に捉え、法令解釈として二重課税が生じているとみなされる場合、納税者の担税力、公平性、中立性の観点からA案「相続資産時価引継案」とB案「被相続人段階と相続人段階での課税選択案」の2案を提言し、それらの提案により相続税と所得税の交錯という関係の解消或いは軽減が図られ、また法的安定性、予測可能性、納税者の納得性等が改善されると主張している。
本稿は、相続税と所得税の二重課税の問題を解決するために生保年金二重課税事件と不動産相続等の判例等の緻密な分析に基づき、海外の相続税・キャピタルゲイン課税の制度の検証も踏まえて論理的に独自の見解を提示している研究としてその実証性や独創性を高く評価できるものである。