中田 弓子 稿「非居住者との不動産取引に係る源泉徴収義務に関する一考察―非居住者の判定における確認責任の範囲に係る裁判例を素材として―」

中田 弓子 稿 (大原大学院大学 院生)
「非居住者との不動産取引に係る源泉徴収義務に関する一考察―非居住者の判定における確認責任の範囲に係る裁判例を素材として―」

 本稿の背景には、現行の源泉徴収制度では源泉徴収義務者は非居住者に対してその国内源泉所得に対して源泉徴収義務を負うが、経済活動のグローバル化や人の移動の活発化が進み、取引相手の非居住者該当性を正しく判定することが困難となる事案が生じており、とりわけ不動産の譲渡取引において譲渡人が非居住者であると判断できず譲受人が意図せず源泉徴収義務を負わされた裁判例が見られるようになってきたことにある。

 本稿は、そのような事実関係に基づき、源泉徴収義務者による非居住者該当性の判断責任範囲を分析し、その問題点と解決策を検討することを目的とした研究である。かかる研究目的に照らし、本論が5章で構成されている。まず、第1章では源泉徴収制度の経緯に言及し近時の経済環境下における同制度の合憲性に疑義を提示する。次に、第2章では非居住者との不動産取引に係る2件の裁判例(東京地裁平成23年判決、東京高裁平成28年判決)の分析を通じて譲受人が確認義務を尽くせば免責の余地があることを指摘する。それを踏まえて、第3章では非居住者判定に係る確認責任の範囲を検討し、現状では一定の確認業務の遂行によって源泉徴収義務が免責されることは困難であるという問題を提起する。かかる限界を克服するために、第4章において米国の不動産取引の源泉徴収制度と英国の居住者判定テスト制度を調査し日本への導入の可能性を吟味している。以上の議論に基づき、最後の第5章では、譲受人の負担を軽減する新たな仕組みとして日本の法令と判例に依拠した①住居(滞在日数)、②家族、③職業、④資産の4項目を判断基準とする居住者判定シート方式を結論として提言している。

 本稿は、グローバル化が進展する今日の経済社会において、重責化している非居住者判定に係る譲渡人の負担を軽減する措置として居住者判定シート方式を提案するユニークな研究である。付言すれば、非居住者との間で不動産取引の関係に入った譲渡人に安易に源泉徴収義務を負わせるべきでないという主張や、それが源泉徴収制度の合憲性にまで遡る問題であるという論旨の展開は納得できるものであり、同制度の限定的適用の可能性が難しいことを検討した上で上記の提案を行っている議論の運びは堅実な研究姿勢であるといえる。

 本稿において提案された非居住者判定シート方式は実質的には非居住者たる譲受人に源泉徴収義務がないことの立証責任を転嫁するものであり、法目的を損なうことなく源泉徴収義務者たる譲渡人の負担を軽減することが期待できる実効性のある論理的な提案となっている。以上、著者の明晰な分析・解釈に基づく議論の展開は極めて説得的であり、米国・英国における同制度の文献・資料を直接解釈引用して自説を提示しているなど実証性や独創性についても高く評価することができる研究である。 

論 文(PDF)