櫻田 譲 著『租税と企業行動』
櫻田 譲 著 (北海道大学大学院経済学研究院 准教授)
『租税と企業行動』 (2024年3月 ㈱税務経理協会)
全10章で構成される本書は、各章で「『租税』並びに『企業行動』のいずれか、或いはその両方を分析の対象とした実証研究成果を纏めた」書である。
第1章は近時、重要性を増すサービス業における研究開発を後押しする減税の効果を、情報通信業のデータを用いた、イベントスタディとCARを被説明変数とする回帰分析の手法で分析している。その結果、投資家は研究開発の総額よりも研究開発費率に対して反応すること、租税負担率の低い企業が研究開発投資に意欲的であるとは言えないこと等を導く。
第2章は、銀行業に的を絞り、租税回避行動の可能性を探るべく、租税負担率がいかなる要因によって決定されるかを、パネルデータによる回帰分析で明らかにする。結果は、各行の租税負担率の低下は、繰越欠損金の活用等の税法規程を遵守したためか、銀行業という業種特性が表出する部分が大きく、租税回避が散見されるような状況にはないとする。
第3章は、企業がいかなる財務状況に至れば移転価格税制適用企業となるのかを探るため、そうであるか否かを二値の目的変数にとったロジスティックモデルを推定する。その結果、財務的に集積性が高い企業、銀行による監視から自由な企業、無形固定資産を保有する企業は、適用を受ける傾向があるとする。
第8章は、北海道内の各自治体を例にとり、道の駅がいかなる要因によって設置されているのかを探る。即ち、道の駅の有無を目的変数に、地方税収に関する変数を含む多数の説明変数を用いて、ロジスティックモデルを推定する。その結果、住民税人口比率が上昇すると、道の駅が設置される傾向が認められた等とする。
第9章は、核関連施設などの迷惑施設を受け入れるか否かの決定に、いかなる要因が影響を与えるか、北海道内176自治体のデータを用いたPSM(傾向スコアマッチング)の手法で分析する。大型商業施設の立地を、迷惑施設の非誘致の「代理変数」と見立てた分析の結果、大型商業施設の立地が財政力指数を向上させ、固定資産税収を増やすこと等を明らかにする。
第10章は、加熱するふるさと納税を鎮静化させるためにとられた、税制改正を含む措置の効果を探る。全国の基礎自治体(東京都特別区を含む)のデータを用い、ふるさと納税件数と納税額を目的変数に据えた多重回帰分析とDID(difference-in-difference)の手法で、鎮静化措置の結果、返礼割合3割超の自治体の行動は概ね管理された等の結果を得ている。
税制をめぐる諸課題については、経済学的な実証研究は十分蓄積されているとは言えない。そうした中、本書はそれを多数提供する貴重な貢献をなしている。分析も緻密で水準も高い。また、本書は、①租税に関するテーマに絞っても、さまざまなリサーチクエッションを分析の俎上にあげていること、②そうしたリサーチクエッションを、さまざまな分析手法を駆使して解明しようとしていること、の2つの顕著な特徴を有するが、②を特に高く評価したい。多重回帰分析、イベントスタディ、パネルデータ分析、ロジスティック分析、PSM、DIDと実に多彩な手法の実用例を提供しており、他の研究者がこうした手法を用いる際の貴重な参考資料になるはずである。但し、本書の構成に関していえば、租税研究の立場からは、租税にかかわる章とそうでない章にわけた2部構成にするなどの工夫があってもよかったかもしれない。