小嶋 大造・大野 太郎・坂巻 潤平・今堀 友嗣 稿「Factor decomposition of changes in the income tax base」

小嶋 大造(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授、財務省財務総合政策研究所 上席客員研究員)
大野 太郎(信州大学学術研究院社会科学系 教授)
坂巻 潤平(財務省財務総合政策研究所 客員研究員)
今堀 友嗣(財務省財務総合政策研究所 客員研究員) 稿
「Factor decomposition of changes in the income tax base」
(2024年1月 Springer発行 『The Japanese Economic Review』Vol.75 Issue 1 掲載)

 本論文は、『全国消費実態調査』の1994年~2014年の個票データを用い、当該20年間における、わが国所得税の所得控除の実態と課税ベースの変動要因を探る。わが国の所得税は広範な所得控除を認めており、諸外国と比して課税ベースが狭いことがその特徴の一つとして知られている。所得控除は収入の大きさや世帯属性によって異なり、低所得層や高齢層ほど、所得控除適用前の所得に占める課税所得の割合、すなわち「課税所得比率」が小さいため、所得分布の変化や高齢化といった人口構成の変化によって、マクロレベルの課税所得比率も変化する。本論文は、そうした変化の要因を、上述の「所得分布要因」および「年齢構成要因」の他、所得控除の制度が変更になったことによる「制度変更要因」、家族構成の変化など「その他の要因」の4つに分けて、それぞれの寄与度を要因分解(factor decomposition)の手法で明らかにした。その結果、長期的な視点から低所得化や高齢化が課税所得を侵食している一方、所得控除の拡大と縮小を繰り返したため、制度変更による「穴埋め」は限定的であったこと、制度変更は2000年代には課税所得拡大に寄与したものの、所得分布や人口構成の変化で相殺されてしまったことなどを明らかにしている。

 本論文は、わが国最大の経済学会である日本経済学会の機関誌であるThe Japanese Economic Review(JER)に掲載されている。同誌は英文雑誌であることから、日本語を解さない海外の研究者も読者層としている。そうした雑誌に掲載された論文であるため、日本の所得税の特徴や変遷についても詳しく紹介している。そこに本論文の価値の一つを見出すことができる。また、所得税の課税ベースの変化を、人為的な制度変更のみならず、所得分布や人口構成の変化という、日本社会のいわば自然な構造変化からも説明しようとする着眼点は、独創的と言えよう。6つの表に集約される分析結果はinformativeであり、そこから導かれる結論-制度変更が自然な構造変化に追いついていない―も興味深いものである。分析手法は一般に広く用いられる標準的なものであり、わが国の基幹統計のひとつである『全国消費実態調査』の個票データを用いていることから、導かれた結論には高い信頼性を見出すことができる。こうしたことから、本論文のオファーする政策含意も豊かである。JERという日本を代表する英文雑誌に厳格な査読を経て掲載されていることからも、論文の質の高さは保証されている。

 惜しむらくは、さまざまな所得控除にはそれぞれ異なった存在理由があり、それらの変更についてもまた然りである。制度の説明に当たっては、それらをもう少し詳しく説明した方がよかったかもしれない。また、豊かな政策含意の提供から一歩進んで、独自の具体的政策提言まで行っていれば、より優れた著作になったであろう。しかし、こうした不足点も本論文の全体的評価を棄損するものではなく、本論文が租税資料館賞受賞に十分値することに変わりない。

論 文(PDF)