林 建廷 稿「ステーブルコインをめぐる取引に対する課税―所得税を中心に―」
林 建廷 稿 (中華民国(台湾)弁護士、台湾大学法学研究科 院生、一橋大学大学院 院生)
「ステーブルコインをめぐる取引に対する課税―所得税を中心に―」
本論文は、ビットコインに代表される暗号資産の決済手段としての欠点(過度の価格変動)を克服するために、価格の安定性を実現すべく新たに設計された暗号資産であるステーブルコインの将来の普及を見据え、ステーブルコイン取引に対する所得課税のあり方を探求した4章構成の研究である。
まず、第1章において暗号資産取引に対する国税庁の現行の見解に基づき、ステーブルコイン取引による利得は雑所得に区分される可能性が高く、したがって納税者にとっては損益通算できない不利な取扱いとなることから、現物取引であるステーブルコイン取引による所得を譲渡所得として区分処理することの妥当性について経済学及び民法の学説を援用して理論的に検討し、最終的に課税繰延措置の立法化を提言するという研究の道筋を提示している。 第2章では、ステーブルコイン(SC)は、「デジタルマネー型SC」と「暗号資産型SC」に分類され、それらが中央集権型取引所と分散型取引所のいずれかで取引され、その取引形態はステーブルコインの「売却」・「交換」・「その他取引(商品・サービスの購入、給与の支払い、預け入れ等)」の3種類となることを明らかにし、その所得の性質・定義を経済学と民法の学説に基づき検討し所得税法への応用を試みている。
以上の議論を踏まえて、第3章では、ステーブルコインの売却・交換に際して、当該コインがたな卸資産や金銭ではないことから譲渡所得の基因となる資産に該当し、コインの移転による所得は譲渡所得となることを論証し、さらにその他の取引による受取利息は利子所得に該当しないことを明らかにしている。そして、最後の第4章では、ステーブルコイン取引に対する望ましい課税上の取扱いについて、現行法の要件に関する解釈論のみでは対応に限界があるため、立法論として「ステーブルコイン取引所に対してこれを譲渡する場合に、そのステーブルコインの譲渡がなかったものとみなす」こと及び「保有する暗号資産又はステーブルコインを取引所において他者の暗号資産又はステーブルコインと交換する場合に、所得税法第33条の規定の適用については、当該譲渡資産の譲渡がなかったとみなす」ことの2点を結論として提示している。
総括するならば、ステープルコイン取引が税法上どのような所得分類となり、どのように課税されるべきなのかについて、オーソドックスに取引の全体像を確認してその所得区分に関する議論を紹介し、その後デジタルマネー類似型と暗号資産型に区分して、それぞれの法的性格と経済的性格の検討に基づき展開された当該取引に対する税法アプローチは、法的性格を偏重する日本の伝統的方法にはないダイナミックさを有している。また、今後の課題として、デジタルマネー類似型の取引は譲渡所得または利子所得であるとの前提を置きつつ、デフォルトルールとして雑所得に整理する点に無理はない。さらに、譲渡所得に関しては、譲渡益所得説と精算課税説を深掘りして戦わせ、法的性格についての安定した所得区分をもとに所得種類の結論を求める真摯な姿勢は研究者として秀逸な対応であるといえる。
以上、本論文は、時宜を得たテーマを扱っており、ステーブルコイン取引による利得の所得区分の妥当性について、当該コインの起源、概念、取引の仕組みに関する極めて明晰な論証を通じて独自の結論を導いている研究として高く評価できるものである。