井上 奈織子 稿「働き方の多様化に対応する給与所得控除及び特定支出控除制度の検討―テレワーク費用に関する課税上の取扱いに着目して―」
井上 奈織子 稿 (東洋大学大学院 院生) 「働き方の多様化に対応する給与所得控除及び特定支出控除制度の検討―テレワーク費用に関する課税上の取扱いに着目して―」
本論文は、テレワークという新たな勤務形態の普及に伴い、勤務に係る支出の自己負担が増加した給与所得者に対して、テレワーク費用の特定支出控除制度への追加を提案し、もって経済的実質に即した課税の実現を目的としている。 コロナ禍を契機に、現在、急速に広がりつつあるテレワークは、折からの「働き方改革」の潮流の中で、今後、一般的な働き方の重要な一形態になることが十分考えられる。ところが、現行の給与所得税制度はそれに対応しきれていない。本論文は、こうした新しい現象に着目して、その具体的な解決を模索する、社会的な意義の高い論考といえる。斬新な視点にたちつつも、伝統的・標準的な税法学の考察枠組みを外れることなく、論理を展開していることも好感が持てる。 論文の最後で、独自の制度設計の提案を、用語の定義から緻密に積み上げて、具体的な条文の形にまで表して行っていることは稀有な試みと言え、特筆に値しよう。また、分量的には僅かながら、最終頁で今後の課題に言及している点も、自己の論考を客観視している表れであり、評価に値する。 惜しむらくは、経済学等他分野の知見をもう少し取り入れることができなかったか。例えば、テレワーク費用の統計的推計等を試みた文献などがあれば、制度矛盾の深刻さがより浮き彫りになったであろう。そうした文献がなくとも、そのきっかけなどに言及できれば、今以上に学際的な論文として質が向上したに違いない。しかし、こういった点を考慮しても、本論文は租税資料館奨励賞受賞の水準を十分に満たしていると評価できる。