曽我 和也 稿「移転価格税制における新しい紛争予防手段であるICAP(International Compliance Assurance Program)に関する研究―ICAPの実効性について国外関連取引を中心として―」

曽我 和也 稿 (青山学院大学大学院 院生)
「移転価格税制における新しい紛争予防手段であるICAP(International Compliance Assurance Program)に関する研究―ICAPの実効性について国外関連取引を中心として―」

 本稿はOECDの税務長官会議(FTA)が推奨するICAP制度について総合的なリサーチを行い、紛争解決のための協議が長引くなど改善が求められている既存のAPA制度の課題解決に資する補完制度として、より積極的に活用すべきであると推奨する論文である。

 論文構成においては、前半(第1章~第2章)でAPAとICAPが活用される近年の移転価格税制の執行状況を踏まえながら、検証対象となる国外関連取引の認定に関する移転価格ガイドラインと国内法のアプローチを比較検討するとともに、国内の訴訟事例で原告・被告間で比較可能性に関して国外関連取引の事実認定が争点となった判決を分析し、取引に関する共通理解が困難であることを実証している。この過程を通じて、後半の本論であるICAPによる取引の共通認識の必要性を明らかにしている点は、論理的であり説得力を深めている。

 ただ、移転価格の制度全般をもカバーするリサーチを含めた70頁に及ぶ前半部分は、本論であるICAPの検証部分である50頁(第1章の一部と第3~4章)に比べて過大にも感じられ、テーマとの関連でアンバランスがやや気に係った。

 しかし、第3章で取り上げたICAPのリサーチ部分は、入手できる各種データを含めかつ、筆者独自の図解などを多用することによって、分かりやすく正確なリサーチ結果が反映されたものとなっている。そして、最終第4章では、現行のAPAの補完機能を期待する論調で、ICAPは法制化すべしとする制度改革の方向性を提言で行っている。

 限られたものではあるが、ICAPについてのFTAでの諸文献やデータを渉猟するとともに、先行研究も広く紹介しており、移転価格税制の中で法的な新しいツールとして評価しようという筆者の意図が明確に示されており、法制化提言に至る論旨は一貫している。なお、ICAPに期待されるのは、移転価格分析のスタート時点である「検証対象となる国外関連取引の事実認定問題」であり、その課題解決に向けた国際協調のツールであるICAPに着目した点も、修士論文としては独自性が認められる。

 ただし、ICAPがBEPSプロジェクトから派生した国別報告書・マスターファイル等の文書化義務の有効活用を関係国の執行当局間で国際協調の下に行おうとして誕生した経緯に鑑みると、法制化提言に進む上では、執行面と条約面の双方から多面的な分析が必要であり、かなりハードルの高い研究テーマともいえよう。ICAPがAPAの有効機能を担保するための協調した基本的行政サービスと位置付けられている現状下では、筆者の法制化提言においては、APAの法制化過程との比較検証なども必要とされ、実務上の課題検討を一大学院生にとっては一定の限界があったと思われる。

 しかし、簡単ではないと思われるこのテーマに立ち向かい、海外文献を含めた先行研究やデータに踏み込んだリサーチを行った本稿は、修士論文として租税資料館奨励賞にふさわしい水準のものと判断された。

論 文(PDF)