「若い研究者に期待する」 成蹊大学名誉教授 租税資料館理事長 武田 昌輔

 孟母三遷という言葉がある。孟子の母が子の教育上よい環境とするために3回変えたという故事である。その孟子が梁の恵王に謁見したときのことが「孟子」の最初のところに書かれている。王様は孟子に、老先生は千里の遠い道をはるばると私の国を訪ねて下さったのは、老先生におかれてもまたわが国の富国強兵の策を授けるためでしょうか、といった。孟子は、これに対して、王様には本当に国を治める思召しがあるなら、何も富国強兵とかではなくて、古の聖王のように国民の福祉のための本当の政治のための仁義という大切な道があるだけで、仁義を除いてはほかに国を治める方法はございません、といわれた。これは、特に学問についても同様であると考える。

税制を論ずる場合においても、税収が増加するか減収を生ずるかという点にのみ重点を置いて論ずるのは国側、つまり、徴税側の立場である。妥当な税制改革を行うとしても減収を生ずるから、その税制は適当でないというのである。これに対して、税の軽減をすべきだという立場だけに立って、税制を改めるべきだとするのは納税者の偏った立場である。いってみれば、これらは双方とも利害ということに絞って税制を論じていることになる。上述の王様は、国を利するかどうかということだけを問題としているのである。

真の税制改革は、最終的な政治的な決断を要することはしばらく置いて、どのような税制がわが国において妥当なものであるかという立場において検討されるべきである。

税制というのは、国の財政を賄うことのためにあるのであって、ただ、国民に課税すること自体に目的があるのではない。そして、どのような税制がもっとも妥当なものであるか、換言すれば、国民の負担の分配をどのようにすべきかをまず念頭に置くべきである。

消費税の税収は、地方消費税を含めて現在約12兆円である。1%が約2兆5、000億円といわれている。単純計算で10%の税率とすれば約25兆円の税収となって、この意味ではきわめて重要な税目である。しかし、これは税収の面のみの観点からの議論であり、国側としては、きわめて魅力的な税金である。しかし、国民の立場から、簡単に賛成できるものではない。そして、消費税とはいかなるものであるかの基本的な検討が必要である。このことは、消費税の世界での問題ではなくて、税制一般の立場から、妥当な税制とはいかなるものであるかの検討が必要となる。

国民の所得及び消費は、次の算式によって示される。
(1) 所得=消費+貯蓄
(2) 消費=所得-貯蓄

この場合に、貯蓄がゼロの場合には、所得=消費となる。いいかえれば、この場合には、所得税と消費税とは同一種類のものであり、二重課税たる性格のものとなる。仮に、消費税を高率なものとし、かつ、所得税を高率なものとすれば、国民にはきわめて大きな負担となるのである。要するに、所得税に重点を置くか消費税に重点を置くか、あるいは、双方につき中庸な立場を採るかは、所得税、消費税のそれぞれの持つ意味と国民に対する適正な負担の配分となるかどうかについて、妥当な立場に立って検討しなければならない。

このような研究は、繰返しになるが、徴税側か負担者たる国民の側とかの立場に偏しないで、つまり、不偏不党の立場において研究すべきである。この点からは、私は若い研究者に期待したい。世の中の甘いも辛いも知り尽くした年配者ではなく、ナイーヴな心の持ち主の真摯な研究に俟ちたい。租税資料館は、租税資料館賞及び特に若い熱意のある研究者を対象として未公表論文についても租税資料館奨励賞を設けている。心ある若い人々の応募に期待したい。