裁判例の取扱いに見る日米格差 麗澤大学教授 租税資料館評議員 矢澤富太郎
企業会計と税務会計は一致すべきか、分離すべきかは、古くして新しい問題である。この両者の関係を考えるに当たって、日本と米国にそれぞれ重要な裁判例がある。しかし、なぜか、わが国の税務会計研究では、触れられることがほとんどない。
企業会計と租税会計は企業利益という同じ根っこから発するものであり、そもそも独立して別個に計算するということはあり得ないし、さりとて、これら二つの会計の目的が異なる以上、まったく同じに計算すると言うこともあり得ず、現実の制度は、租税会計のサイドで財政事情を勘案し、経済政策上の配慮を加えて、企業会計に折合いをつけるという形で調整されているということであろう。 1960年代、租税会計は、自ら急速かつ大幅に企業会計に接近を図ったが、その後、課税ベースを拡大しつつ税率を引き下げるという世界的潮流の中で、平成10年度改正では、引当金の廃止・縮減、債務確定主義の徹底等、企業会計の基礎となる保守主義に対する重大な挑戦ともいうべき改正が行われた。 上記の裁判例は、いずれも企業会計における保守主義について租税会計の見解を表明したものであるが、わが国の税務会計の研究書では、これらの裁判例が取り上げられたことは極めてまれである。その理由をどう考えるべきか、興味をそそられる。 まず、米国の裁判例であるが、これは、Thor Power Tool会社という携帯電動工具と関連製品の製造会社に関する事件の1979年の最高裁の判決である。納税者は、不良在庫品をGAAPに従って評価減を行った。課税庁が通達に違反しているとして、この評価減を否認した結果、上告に及んだものであるが、最高裁は、GAAPに従っていたとしても通達に違反している以上は課税庁の否認には問題はないとし、それとの関連で、両会計の目的の相違について、要旨、次のように判示した。
実は、この米国の判決の10年前の1969年に、回収不能の可能性ありとして、その確定を待たずに行った損金算入を否認した判決(大阪地裁)において、同趣旨の見解か述べられている。即ち、企業会計および商法が保守主義を採用している理由の説明に続けて「法人税の場合には、国家財政上および国民経済上の見地から、法人のいかなる資産の増加に担税力の基礎となる所得の増加を認めるべきかという政策的観点に立って税務の計算をし、課税の公平を図ろうとするのであるから、純資産減少の原因となるべき事実について、企業会計の場合よりも厳格な制約は当然起こりうる」として原告の主張を退けている。 前述の米国の裁判例は、米国の数多くの教科書で詳細に紹介されているが、日本では、米国はもちろん日本の裁判例も取り上げられることはほとんどない。日米両国の研究者のこのスタンスの違いをどう解すべきか、興味深い課題である。 |