北九州市立大学経済学部の林田実教授より、第101回NTA年次大会(フィラデルフィア)参加の報告がありました
北九州市立大学経済学部 社会システム研究科教授 National Tax Association(全米租税学会)第101回年次大会は、2008年11月20日(木曜日)~22日(土曜日)までの三日間、フィラデルフィアで開催された。フィラデルフィアはアメリカ独立戦争時に大陸会議が置かれた都市で、大陸会議の招集に使われた「自由の鐘」、独立宣言、合衆国憲法の制定などで知られる、合衆国有数の古都である。アメリカ独立戦争は、周知のようにイギリスによる植民地課税に反対する闘争から始まったものであるので、その意味でも彼の地で租税学会に参加できたことには感慨深いものがあった。 学会はSheraton Society Hill一階の、大小様々な会議室を借りきって執り行われていた。論文発表はテーマごとに細分され、同時開催のセッションが平行して走っている。例えば、私と東洋大学経済学部・大学院経済学研究科の大野教授との共著論文の発表が行われたセッションと、同時に開催されていたセッションのテーマを一覧で示すと次のような具合である。 11月22日(土曜日)8:30-10:00の同時セッション したがって、我々が発表していた会場とは別に、5会場で論文発表が行われていたことになる。また、このような同時セッションとは別に、20日午前中には、重要なテーマ(Tax Policy of the Next President: What He Should Do and What He Will Do)に関して全体会議が、昼食会ではDavid Walker氏( Peter G. Peterson 財団 )の招待講演が、午後には学会の総会が開かれていたようである。その他、21日午後には、Thomas Wolf氏( ペンシルベニア州歳入長官 )が昼食会に招かれ、居並ぶ学会員を前にして時折ジョークを交えながら、スピーチを行ない、会場は終始和やかな空気に満たされていた。 大野教授と私は、22日(土)午前、金融税制に関するセッション(Investor and Investment)で、"Turnover Tax and Trading Volume: Panel Analysis of Stock Traded in the Japanese and US Markets" の演題で研究報告を行った。これは、わが国が90年代後半に行った有価証券取引税の軽減・廃止措置が株式取引に有意な影響を与えたか否かを、計量経済学的手法により探るものである。まず、解析の対象として日米両市場で取引されている株式の回転率をとりあげた。さらに取引回転率を特定する定式化として、Karpoff(1987)などで確立されている、回転率と収益率とのV字型関係を用いることとした。その上で、税制変更が行われた日の前後で、わが国の証券市場において株式の回転率の「構造変化」が存在したか否かを検証したわけである。税制変更が有効に働いたとすれば、日本市場ではそうした構造変化が認められ、かつ米国市場では認められないはずである。発表では、1999年の有価証券取引税の全面廃止ではこうした現象が統計的に検出されたが、1996年の同税率の一部軽減では検出されなかったという本研究の主たる結論を、制度の概要、政策的含意、分析手法などとともに可能な限り平易に報告・説明した。 これに対し予定討論者のGerry Auten氏(米国財務省・租税調査部)より、概ね以下のような詳細なコメントをいただいた。すなわち、(1)平均の回転率が0.002程度であるのにシフトの大きさが0.008であり、これが大きすぎることはないか、(2)大きなシフトの要因として、他のアジア諸国からのmigration(取引行為の移転)、いわゆるアナウンスメント効果は考えられないか、(3)回転率の特定化として、収益率だけを考えるのは十分といえるか、である。(1)については、量的な問題はあるにしても、上昇シフトが検出されたことが重要であると回答した。また(2)については、他のアジア諸国からのmigrationは市場の規模や制度の違いなどから考えにくい、アナウンスメント効果は重要な点であるが、いつからそうした効果があるかを特定するのは極めて難しい等と述べた。 Auten氏によれば、有価証券取引税のような取引税(turnover tax)は、米国では1980年代の初めに廃止されており、その再導入が審議された1989年からも既に20年近く経過している、遠い過去のテーマになりつつあったと言う。しかし、今日のマーケットの状況とそれに対する米国はじめ各国の対応を踏まえると、新たな市場規制の導入にからんで、再燃する可能性がある。その意味で、我々の研究は極めてタイムリーで、政策含意も豊かであるとの高い評価もいただくことができた。また、日本の税制については米国ではほとんど知られていないため、我々の報告は貴重な情報源になるというコメントも複数の参加者から聞くことができた。 最後に、学会で聴講した報告の中で興味深かったものを一つだけ紹介しておこう。ペンシルベニア大学のAlbert Saizは衛星情報による大都市圏の標高と、湖沼データを利用することによって、傾斜が15%を超えると開発が行われなくなること、供給非弾力ととらえられていた地域の多くが実は地政学的な要因によって厳しい制限を被ることになっていたことなどを指摘していた。さらに、住宅価格、建築、租税を含む規制とを一括した同時方程式モデルを推定し、住宅供給の弾力性が物理的、規制的制限の関数として定式化できること、そしてそれが次に、価格や過去の成長を説明することを報告していた。 以上のように、今回の海外出張では研究発表にとどまらず、人脈つくりの面でも相当な成果をあげることができたと考えている。これを足がかりとして、日本の金融税制についての科学的な知見を掘り下げ、海外に発信する役割の一端を担っていきたいと切に願う次第である。なお、NTA年次大会への参加と発表に当たり、財団法人租税資料館から助成を受けることができた。同財団からの助成金がなければ渡米は困難であったろう。この場をお借りして、厚く御礼申し上げる次第である。 |