相田 威志 稿「自家消費計上の適正化―農業を中心として―」

相田 威志 稿 (産業能率大学大学院 院生)
「自家消費計上の適正化―農業を中心として―」

 本論文は、農業と税務に関与した著者の実務経験から問題意識を得て、「農業者の自家消費には法理と実務において乖離が生じており、法が規定する方法で自家消費が計上されていないのではないか」という仮説を起点に、その解消は現行税法の解釈では限界があるとの観点から、立法措置を念頭に個別通達に代わる新たな自家消費の計上方法を提言した3章で構成される大部の研究である。その概要は次の通りである。
 まず、第1章において自家消費の定義を明確化し、自家消費の本質に基づいた売上説と控除否認説を検討したのち、売上説の立場から所得税法では包括所得概念により、消費税法では自家消費に担税力を認め、租税回避措置として課税が行われることを明らかにしている。また、自家消費が100%私的な消費ではなく、事業性を包含していることは新たな発見であると述べている。
 次に、第2章では、自家消費の所得区分と適用範囲(人的範囲、対価の範囲、時間的範囲、行為の範囲)について検討を行い、所得税法と消費税法における贈与と事業用資産の差異を示し、さらに売上説に依拠して人的範囲に関する多段階説と単段階説の2説に基づき自家消費が擬制する販売は誰に対するものであるかを検討し、自家消費と贈与の界面を明確化することで議論の展開の道筋を際立たせている。
 最後の第3章では、自家消費計上に用いる金額、数量、記帳と帳簿の保存、農業のみに認められる特殊な取扱いに関して、現行法の規定の確認を行い、これを踏まえて文献及びアンケート調査に基づく客観的な実務実態を提示する。結論として、かかる実務実態に存在する法理と実務の乖離の解消のために、個別通達に代わる新たな自家消費の計上方法として、農産物の価格決定権を有する農家と価格決定権のない農家に区分し、前者については簡便法(みなし自家消費率法)を、後者については市価法をそれぞれ適用する試案を提示している。
 以上の概要から知られるように、本論文は、所得税と消費税の自家消費概念の間隙を埋めるべく、自家消費及び関連用語を明確に定義し自家消費の適用範囲を示したことで、租税要件明確主義の要請に応え、法理と実務の乖離の解消に簡便法(みなし自家消費率法)と市価法の試案を提示し、合法性の原則、租税法律主義、租税公平主義の観点から自家消費計上の適正化を図った研究として高く評価される。また、筆者が自認するように、地味で先行研究が少なく、判例もほとんどない自家消費という分野で、時間をかけて地道に努力した研究の足跡が読み取れる労作でもある。総括するならば、自家消費の問題に関する仮説の設定、当該仮説の検証という学術的手続を通じ、極めて明晰な議論の展開、提題に対する客観的な検証、それに基づく結論の提示は、十分な説得力を有しており、租税資料館奨励賞に値する最も優秀な研究として江湖に称えるものである。

論 文(PDF)