沖野 洋子 稿「ポストBEPS時代のわが国の移転価格税制の課題について―実体法と手続法の両面から―」

沖野 洋子 稿 (国家公務員/大阪府立大学大学院 院生)
「ポストBEPS時代のわが国の移転価格税制の課題について―実体法と手続法の両面から―」

 本論文はBEPS行動計画を受けた形での我が国の移転価格税制の在り方につき、その実体及び手続の両面にわたって考察を加えたものである。本論文の構成は2章からなり、第1章では、コミッショネアスキームを用いた事例であり国側が敗訴したアドビ事件を取り上げることで、BEPSプロジェクト発足前のわが国の移転価格税制の問題点についての検討を行っている。

 即ち、まず実体面では、わが国の司法は形式面にとらわれ、国外関連取引の価格設定等が当事者の機能リスク等に見合ったものとなっているかの検討を怠っていることを指摘している。そしてその原因はわが国においては、多国籍企業によるクロスボーダーのアグレッシブなタックスプランニング(ATP)に対抗する措置が脆弱であることによるとしている。
 一方、手続き面では多国籍企業と税務当局との間で情報収集における非対称性が存在しており、税務当局による多国籍企業の保有情報の入手が大きな課題であるとしている。
 第2章では、まず実体面ではBEPSプロジェクトの「移転価格と価値創造の一致」という基本理念に沿った改革の必要性を提言している。具体的には改訂されたOECD移転価格ガイドラインで提示された「正確な描写分析に基づく比較可能分析」という経済的実質重視の新たな指針に沿って、現行の措置法66条の4の規定ぶりを「価格」から「条件」あるいは「所得」に変更することといった法令等の改正が必要であるとしている。

 また、手続面においては納税者からの資料提出を担保する制度、即ち、文書化制度の強化が解決策の一つとしつつも、納税者のコンプライアンスコストの増加や自国企業の新興国での移転課税リスクにも配意すべきとしている。妥当な解決策として、著者は英国等で導入されている「迂回利益税(DPT)における開示制度」を参考にして多国籍企業から直接情報を入手する制度を我が国にも導入することを提言している。

 国際課税の最もホットな部分についての考察であり、時宜を得たテーマと言える。また、論文全体を通じ、問題点が的確に提示されていて、しかも文章はわかりやすく、著者の分析には説得力が認められる。更に、関連する文献を網羅的に収集し、その内容をよく消化した上で自らの論旨の肉付けに活用していることも評価できる。
 わが国の移転価格税制が直面する課題について、丁寧かつ適切に整理された労作といってよい。

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