小森悠一郎 稿「法人課税信託(自己信託等)を利用した租税回避への対応 ―米国連邦税法のビジネス・トラスト及び               外国信託への取扱いを参考として―」

小森悠一郎 稿「法人課税信託(自己信託等)を利用した租税回避への対応 ―米国連邦税法のビジネス・トラスト及び
               外国信託への取扱いを参考として―」

(名古屋経済大学大学院院生)

 本論文は2006年に改正された新たな信託制度において、特に法人課税信託が租税回避の手段となる可能性があることを指摘するとともに、主に米国連邦税法の取り扱いを参考として、そうした租税回避への対応策について考察したものである。

 本論文は4つの章から構成される。まず第1章では新旧信託法、法人税法上の法人課税信託の規定、租税特別措置法上の外国子会社合算税制の規定を概観し、筆者の問題意識が新たな法人課税信託制度がクロスボーダーで活用された場合の課税上の問題、すなわち同制度を使用した所得の国外移転及び留保であることを明らかにする。

 次いで、第2章においては、現行法における法人課税信託の問題点が取り上げられる。筆者によれば、法人税法上の法人課税信託の規定(法人税法2条29号の2ハ(2))及びみなし受益者課税の規定(法人税法12条2項)のいずれの規定も、適用面での明確性を欠いた部分(外国法人が委託者となりうるか、委託者の地位の移転は可能か、両規定の適用における優先順位等)があり、それは信託を通じた所得の国外移転及び留保を防止するという観点からの立法上の検討が不十分であったことに起因するとしている。そしてまた、法人課税信託の受益者は株主等に含まれることから法人課税信託を利用した所得の国外移転及び留保に対しては外国子会社合算税制により防止することも考えられるが、筆者は具体的な想定事例を用い、それが困難であることを説明している。

 第3章では、みなし受益者課税規定につき、第2章でも問題提起をした法人課税信託との適用における優先順位につき検討がなされる。筆者は両規定の立法段階での議論を精査することで、みなし受益者規定を法人課税信託規定に優先して適用することはできないと結論付けている。また、筆者第2章の想定事例で明らかにされた、外国子会社合算税制の適用を免れる所得の国外移転及び留保に対し、みなし受益者課税規定がそうした租税回避を防止する手段となるのかについても検討する。そして、同条項の適用要件である「当該信託の信託財産の給付を受けることとされている者」に当てはまらない限り、同規定を潜脱することは可能であり、この規定によって法人課税信託を利用した所得の国外移転、留保を防止することは困難であるとしている。

 最後に結論部分に該当する第4章で筆者は、それまでの検討結果を踏まえれば、法人課税信託を利用した所得の国外移転、留保については新たに租税回避防止規定を設ける必要があるとして、米国のグランタートラスト・ルール(委託者が信託に対し一定の権限又はベネフィットを留保する場合、信託の所得については、信託でなく、委託者に課税されるというルール)を参考とした制度を導入すべきことを提言している。また、こうした制度を実効あるものとするためには、海外に所在する信託の実態把握が不可欠であり、そのため米国における情報申告を我が国にも導入することや、海外税務当局との情報交換の推進の必要性を強調している。

 法人課税信託を利用した所得の国外移転及び留保という新たな租税回避行為にいかに対処するべきかという鮮明な問題意識のもとで、現行法の適用の限界を、想定事例を用いることや豊富な資料の渉猟によって逐一的に明らかにし、結論として米国のグランター・トラスト制度を我が国にも導入すべきとする筆者の論旨の展開は説得力あるものといってよいであろう。また、先行研究の到達点を確認し、その点を踏まえたところで、筆者の見解を述べていくというスタイルは筆者の独創性を際立たせている。ただ、豊富なボリユュームの論文のなかで論旨の展開が繰り返され、若干くどいという印象が残るが、そのことが本論文の修士論文としての完成度を損なうものではない。

論 文(PDF)・・・・・・1.24MB