喜多 綾子 著『信託制度の活用による公益的政策の実現 ―信託税制改革による信託活性化としての農地信託等の活用―』

喜多 綾子 著『信託制度の活用による公益的政策の実現 ―信託税制改革による信託活性化としての農地信託等の活用―』

(税理士)
平成29年11月 (株)清文社

 本書は、わが国で衰退の一途をたどってきた農林業の活性化という重要かつ喫緊の課題の解決に向けて、平成18年改正で一新された信託制度の活用可能性や有効性を模索する。コミュニティとしての農林地を有効活用するという公益的目的を併有した信託に対して著者は、現行の、信託設定時における受益者課税原則を踏襲する相続税法の規定をストレートに適用することの問題点を指摘・分析し、信託税制面での改善意見を取りまとめる。それとともに、信託法上の受託者要件の緩和や税制優遇措置の新設(国家戦略特区などの活用)を主張する。

 本書は、第1章で上記の問題提起を分析した後、2~4章では立法史や先行研究を参照しながらわが国の私法上の信託制度を概観する。さらに、租税回避防止目的に軸足を置いた受益者課税を原則とする現行の信託税制の特徴を解説し、5~6章では、相続・贈与税に焦点を当てて、信託税制と他の租税特別措置の適用如何による負担の比較検討を通じて、公益信託の利用に及ぼす税制の阻害環境をまとめている。

 本書の最終結論は、農林地の有効活用を促進する方向で、信託税制を中心とした税制改正の提言をすることにある。その過程で著者は、わが国信託税制の特徴を租税回避の観点から受益者課税構造を採っていると分析し、解釈適用に際して税負担面で事業遂行の中立性に対する阻害効果があることを課題として挙げている。その点に焦点を当てた実証分析を行い、比較法研究も含めた公益信託に対する税制のあるべき姿を描き出そうとする試みが、本書の特徴の一つとなっている。

 本書では、現行制度が中立性を阻害していることの実証分析において、所得・資産課税を通じた受益者課税原則の持つ定性的な課題を列記し、それを踏まえて受益者連続型信託についての相続税法のスタンスの課題を絞り込む。とくに、租特法との併用下での税負担の逆転現象を指摘している点については、著者の実務家経験を反映したものと解説されている。耕作放棄対策や森林保護育成の公益目的に資する信託の在り方への提言が本書の結論であり、その前提となる信託税制に係る著述が本書の約3分の2を占めている。本書は、実務に即した税制検討著作と位置付けられよう。

 信託を用いた農林地の有効活用策の実効性検証という実務的課題に直面し、税理士である著者は、現行信託税制の仕組みの分析を行い、受益者課税原則の公益目的信託に及ぼす障害の可能性を指摘する。受益者課税原則の持つ租税回避防止の趣旨を踏まえつつ、それを公益信託に適用する場合の問題点を効率よく取りまとめ、最終的には租特法を含むパッケージとしての政策提言に持ち込んでいる。原則や理念の分析にあたり筆者は、国内の判例・学説の検討・分析と比較法的考察を幅広く行っている。解決策としては租税特別措置法でのケースバイケースの処方箋も含めた形で導き出しており、その論旨にはよどみがない。とくに、税負担の逆転現象などについての実務家らしい具体的な事例を挙げての実証研究は、本書の説得力を増しており、本書を租税資料館賞にふさわしい作品とさせている。