渕 圭吾 著『所得課税の国際的側面』

渕 圭吾 著
『所得課税の国際的側面』

(神戸大学大学院法学研究科 教授)
平成28年9月 (株)有斐閣

 本書は、著者のこれまでの研究成果の中で国際租税法の分野に関連した論文をオムニバス的に集大成したものである。本書の構成は、第1部の「取引・法人格・管轄権をめぐる考察」と、第2部の「タックス・ヘイブン税制とは何か」から成る。

 第1部では、法人格内部での国際的な財産の移転・役務の提供というテーマを考察の対象として、国際的な課税権の配分に関する二つの系譜(独立当事者間基準と定式配分法)が国際課税制度の歴史の中でどのような消長を遂げていったかの検討が行われている。その第1章では日本法の沿革と現状について、平成26年改正前までのソースルール等の変遷とその問題点等を詳述し、法人格内部での国際的移転を利用した租税負担の軽減を指摘する。第2章ではOECDモデル租税条約7条の形成過程について、1920年代の国際連盟における議論にまで遡って検討をする。その際に筆者は、1933年に国際連盟に提出されたキャロル報告書を第7条(事業所得)の課税に関する理論的な枠組みを固めたものとして高く評価している。第3章ではドイツを取り上げ、法人格内部での国際的な財産の移転における課税をめぐる議論の紹介を行っている。法令、判例、行政実務、学説の検討を経て,筆者は、財産が課税管轄権の範囲から外に出る場合の「離脱」や、法人格内部での国際な資金融通の場合の「付与資本」という考え方の重要性を強調する。第4章ではアメリカにおける法人格内部での国際的な財産の移転、あるいは資金融通の問題を検討する。筆者は、前者については、アメリカ法では課税管轄権を拡張することにより対処してきたことを、後者については「代替可能性」という概念が重要な役割を果たしてきたことを指摘する。

 第1部の結論として筆者は、国際的な事業所得の配賦・配分の問題、本支店間の「取引」の問題とは「実現」と課税管轄権の緊張関係に他ならないとする。また、本支店間取引において未実現利益に課税するという局面が課税管轄権をどのように認識するかに拠ることや、課税管轄権の範囲についての考え方が今後の国際課税の動向を方向付けることを指摘する。

 第2部ではタックス・ヘイブン対策税制についての考察を行なう。筆者は、タックス・ヘイブン対策税制を課税繰延防止のための制度と捉えることを批判し、結論として筆者は、タックス・ヘイブン対策税制は端的に内国親法人に対する課税であり、組織形態にかかわらず中立的な課税を行うための法的仕組であるとしている。

 歴史研究の体裁をとりつつ本書は、現在の国際課税が直面する課題の考察において多くの示唆をする。本書では、現在の国際課税の分野において半ば常識化していた原理や原則が、わが国、国際機関、ドイツ、アメリカにおいてどのような経緯を経て形成されてきたかが詳述されている。筆者が行った先人達の業績の検討を通じて、我々は、改めて制度の意義、趣旨を確認しうる。国際的な本支店間取引における課税のあり方が、「実現」と課税管轄権との緊張関係にあることが説得力をもって描かれており、筆者が狙う国際租税法と国内租税法の架橋にも成功していると評価できる。本書は、国際租税法の分野において新たな視角を提供してくれた労作といえよう。