久岡 靖恵 稿「現代における寡婦(夫)控除制度の存在意義」

久岡 靖恵 稿
「現代における寡婦(夫)控除制度の存在意義」

(筑波大学大学院 院生)
『企業法研究の序曲Ⅷ』令和2年4月発行予定

 本論文は、特別人的控除の一つである寡婦(夫)控除制度を取り上げ、婚姻歴の有無、女性と男性、死別と離婚の違いにより当該制度の取り扱いが異なることについて、租税公平主義の観点からその在り方を見直し、より公平で現状に即した制度の構築を目指す(筆者は「考察」を目的とするが、実際には「考察」を通して制度への提言を行う)。

 第1章では、現行寡婦(夫)控除の意義・目的を明らかにする。筆者は、第2次世界大戦の戦争未亡人の救済のために創設された寡婦(夫)控除は、福祉的な性質を有する特別人的控除としての意義づけをする。追加的費用を必要とする社会的弱者の救済を目的として、扶養要件と所得要件の両者を適用要件としている点にその特色を見出す。第2章では、当該制度の沿革を概観し、創設当初より、その適用範囲が扶養親族を有しない死別の寡婦や男性寡夫へ制度が拡大されてきたことを明らかにする。第3章では、未婚ひとり親世帯への適用について、これまでの議論の経緯を確認し、適用の是非を検討したうえで、未婚のひとり親と死別・離別のひとり親を区別する合理性はなく、両者を同列に扱うべきであるとする。第4章では、裁判例を検討し、当該制度の適用要件について男女間格差があることが現状にそぐわず、その非合理性を指摘する。第5章では、扶養親族を有しない寡婦や高齢者寡婦、高所得寡婦、子以外の扶養親族を有する寡婦、成人した子を有する寡婦(夫)への制度適用など、制度の適用範囲の妥当性を検討する。第6章では、寡婦(夫)控除制度廃止論や控除方式を含めて、当該制度の今後のあり方について考察する。結論として筆者は、寡婦(夫)控除の存在意義を肯定しつつも、性別の違いや婚姻の有無、離婚と死別により異なる現在の要件を統一して、未成年の子を有する一定所得以下のひとり親のみを寡婦(夫)控除の適用対象にする「ひとり親控除」に改めることを望み、給付付き税額控除に制度を切り替えることを提言する。

 本論文で取り上げた問題は、現在、学界でも論じられている重要な論点の一つであり、タイムリーなテーマを取り上げている。筆者は、法律婚を前提とする現行の寡婦(夫)控除制度が社会状況の変化にそぐわなくなっていることを問題視すると共に、未婚のひとり親に対する課税の議論を踏まえて、公平性の観点から「未成年の子を有する一定所得以下のひとり親救済制度」への移行を主張する。当該制度の沿革や社会保障制度との齟齬などを丁寧にフォローして、要領よく整理している。また、時事問題的な議論にとどまらず、統計資料に基づき当該制度のあり方を数値的にしっかりと把握したうえで、首尾一貫した結論を導き出しており、その主張する意見には説得力がある。

 もっとも、テーマ自体が平易であるために、議論が平板的になりがちであることは、この種の問題を取り上げる場合にどうしても避けられない宿命であろう。その他、結論が常識的で無難なものになっていること、一部表現の不適切さがみられること、給付付き税額控除への移行についての議論の展開が十分でないことなど、なお考慮して欲しい点が諸所で見られる。ただし、これらの点も、本論文が全体としてとても読みやすく、良くまとまった好論文であることや、租税資料館賞奨励賞の水準に十分到達しているとの判断には影響を与えるものではない。

論 文(PDF)・・・・・・2.17MB