浅妻 章如 著『ホームラン・ボールを拾って売ったら二回課税されるのか』

浅妻 章如 著
『ホームラン・ボールを拾って売ったら二回課税されるのか』

(立教大学法学部教授)
令和2年2月 (株)中央経済社

 著者は、本書につき、「税」を通して社会のあり方を考える非専門家向けの新しい租税法の教科書であるとする。しかしながら、その内容は、単なる教科書のレベルを超えており、研究者が自己の学説や見解を世に問う研究書としての評価にも十分耐えうる内容をもつ。

 本書は13の章より構成されており、所得税、法人税、相続・贈与税、消費税、国際課税等の多岐にわたるテーマ(筆者の言う、「百年経っても租税法学の中で共通了解が達成されそうにない難題」)の中でも、主として上記の税目間で発生する二重課税の是非が中心的に論じられている。著者は効率性と中立性の確保という視点に立てば、我が国において支配的な論説である所得課税における包括的所得概念ではなく、消費型所得概念がより優位に立つとの見解のもとに、著者独自の二重課税の回避論を展開する。取り上げられている具体的な問題には、一時所得と譲渡所得の二重課税の問題にはじまり、相続・贈与税の課税根拠、利子や譲渡所得の二重課税等の課税の本質に係る問題、さらには課税単位、欠損金の繰越し、消費税の複数税率等の現在の日本の税制は直面しているカレントな問題にまで言及がなされていて、最後の部分(第13章)では税制によらない所得・富の分配や才能課税論の是非の検討も行われている。

 冒頭のホームラン・ボールをめぐる二重課税問題のように、本書は、我々のごく身近にある問題や、興味を抱きやすい出来事を手掛かりにして、難解な租税法理論を分かりやすく解説してくれる。その意味で、本書が啓蒙書としてその役割を果たすことも当然予想される。ただし、筆者のコメント・解説を通じて示されている問題への考察方法や、その議論において展開されている筆者の見解からも窺われる租税法知識の奥深さや広範さは、本書を単なる租税法への手引きとしての位置に止まらせず、多くの研究者の租税法研究においても十分に参考となり得る内容をもつ書物としている。たとえば、本書において筆者は、通説とされた包括的所得概念にあえて異議を唱え、消費型所得概念という新たなアプローチで、現在日本の税制が直面している様々な問題に対しても著者独自の立場からの提言を試みている。いわゆる通説とは距離を置いた著者のこれらの提言は、通説的租税法に慣れ親しんだ読者にとっては、時にある種の違和感を覚える見解であるかも知れない。ただし、筆者の見解と提起される問題は、海外文献をも含めた幅広い知見に裏付けられており、その緻密な論理の展開によって示されている結論への道筋も、適切な参考文献の摘示と相俟って、説得力をもつ内容となっている。筆者が意図するように、同書を通じて、租税法に興味や関心を持つ人達の裾野が広がることも十分期待できるが、研究者を含め、我が国の租税法を学ぶ多くの人に対して、様々な示唆と影響を与えうる。海外の最新の租税理論を駆使しながら気鋭の研究者が著した本書は、租税資料館賞受賞に相応しい、多くの人に読んで欲しい新しいタイプの租税法図書であると評価される。