柳井 浩 稿「法人税における無償取引規定―収益認識の理論的根拠の明確化―」

柳井 浩 稿
「法人税における無償取引規定―収益認識の理論的根拠の明確化―」

(LEC東京リーガルマインド大学院大学 院生)

 本論文の目的は、法人税法22条2項に規定する無償取引から収益が認識できる、その理論的根拠を明確にすることにある。無償取引をめぐる論議は法人税法における伝統的な論点であり、先行研究も多い。本論文は、語りつくされた感すらあるテーマに敢えて挑戦し、判例と学説を精緻に分析することによって、その収益認識の根拠を明らかにしている。筆者は、清水惣事件判決を契機として無償取引に関する学術論争が起こったことに着目して、その前後の判例を渉猟して学説との関係を紐付けるという膨大な作業に取り組むと共に、清水惣事件の判決要旨を丹念に分析することにより、適正所得算出説の優位性を導き出している。

 本稿は全7章で構成される。第1章の序論を経て、第2章では無償取引規定と清水惣事件控訴審判決(以下、清水惣判決として引用)前における収益認識の論拠について確認し、第3章では同判決前の旧法人税法下の裁判の分析を行う。第4章では清水惣判決の問題点を抽出している。同判決は「法人税法22条2項は確認的規定である」との前提の下に、昭和39年度、40年度ともに現行の法人税法に基づいて判示しているが、これについて筆者は疑問を呈している。第5章では適正所得算出説の優位性と問題点を考察し、第6章では、清水惣判決後の裁判において、無償取引の収益認識の根拠につき適正所得算出説が判決に与えた影響を分析している。その結果、全ての判決において適正所得算出説が採られているというわけでもなく、資産の譲渡についてはキャピタル・ゲイン課税説による説明も引き続き行われており、適正所得算出説を応用した考え方による説明もなされていることを確認している。第7章「結論」において、適正所得算出説が有力とされる理由を述べるとともに、近年の裁判が取引の内容などを争点とした「第二段階」に突入しているとの見解を示している。

 今日では適正所得算出説が有力な見解であることはよく知られているが、その経緯をここまで綿密に調査して、適時的に検討した論考は珍しい。規定の性格をどのように理解するか(確認的規定か、あるいは創設的規定か)につき、本論文では「現実の裁判に基づく考え方」を採り、資産の無償譲渡については確認的規定であり、役務の無料提供については創設的規定であると結論づける。これも先行研究には見られない視角からの考察であり興味深い。その一方で自己の見解に拘泥することなく、「理論上の考え方」や「税務当局における考え方」を採った場合には、その捉え方も異なることに触れており、このような目配りの仕方も妥当といえよう。

 筆者は、適正所得算出説が有力な学説であり得る理由を、課税の公平という課税の基本理念が前提となっているため、抽象的で幅のある議論であり、全ての無償取引に対応し得る統一的な説明の仕方であることに求めている。これについては、もう一歩踏み込んだ検討が欲しいところだが、反面では、筆者の堅実な研究姿勢が、そのような点にも表れているとも言えよう。租税資料館賞受賞にふさわしい論文である。

論 文(PDF)・・・・・・1.08MB