田中 晶国 著『所得の帰属法理の分析と展開』

田中 晶国 著
『所得の帰属法理の分析と展開』

(九州大学大学院法学研究院准教授/弁護士)
令和元年3月 (株)成文堂

本書は、「所得の帰属」に関する筆者の博士論文を基礎にして、その後に発表した関連する個別発表論文を追加し収録した作品である。筆者は、「所得の帰属」をめぐる事例が多いアメリカを参考にしながら具体的論点別に検討を進める。

本書の第Ⅰ章では、米国鉱物産業における生産物支払(一定の持分権)を規律する米国内国歳入法典636条に着目し、その制定に至るまでの判例と立法経緯を辿ることで、所得の帰属において重畳的・複層的な構造を念頭に置いてきた米国についての緻密な考察が、日本における所得の帰属をめぐる法律関係の解明においても必要であることを示唆する。第Ⅱ章では、米国税法における帰属をめぐる判例法の展開状況を役務提供と資本に由来する所得の移転を中心に整理・紹介し、米国税法では、所得の処分権限者に所得の帰属が指向されてきたことを指摘する。第Ⅲ章では、事業所得の帰属をめぐる法律的帰属説と経済的帰属説の(対立)関係と事業主をめぐる法律関係を念頭に置いて、わが国の先行研究と判例の考察・検討を行う。筆者は、所得概念との関係において論理一貫性のあるのは経済的帰属説であり、法律的帰属説は経済的帰属説に解消されるべきことを示唆するが、両説のいずれを採ろうともその帰結は変わらないことや、所得の帰属の判定には、法律関係の詳細な観察により、経済的利得を集合・収斂する者の特定が必要であることも指摘する。第Ⅳ章では、違法所得を法律関係に基づき分類し、経済的帰属が認められる局面の検討を行い、第Ⅲ章の着想の妥当性を確認する。第Ⅴ章では、第Ⅲ章の指摘を踏まえて、年度帰属に係る権利確定主義と管理支配基準の関係性や適用範囲等の年度帰属に関する問題を検討する。第Ⅳ章、第Ⅴ章のいずれにおいても、租税法が究極的に所得を経済的概念として把握しつつ、その測定のためには法律関係を基礎としていることをその帰結とする。第Ⅵ章では、支配がなされる以前に所得が移転される場合のわが国税法の対処の仕方につき、米国の対応を参照して整理を行い、わが国においても、米国の所得移転の法理と同じ機能を所得税法12条が担う可能性を示唆する。

本書は、「所得の人的帰属」を検討する本格的研究書である。筆者は、研究素材が豊富な米国の多くの判例・文献の渉猟と実定法の検討を通じて、「所得移転の法理」がその中核をなしているとの仮説の下に、わが国の租税法がどの程度依拠できるかを検討する。その作業においては「経済的リスクを負担する者が経済的利益の保有者になる」など、重要な紹介や分析がなされている。わが国に関して言えば、所得税法12条との関係で、所得概念に適合するのは経済的帰属説であるが、経済的帰属説の枠内で所得処分権限のような法律関係に着目する場面もあるとするなど、わが国租税法の新たな地平を開く内容が含まれている。各章の考察でも、常に考え方の明確な方向性を示そうとする姿勢が印象的である本書は、既発表論文の収録でありながら、全体としての章立ても互いに関連性を保つように構成されており、所得の帰属法理に関する優れた研究書として高い評価に値する。