鈴木 尚也 稿「租税判例の定量的分析―第一審の認容確率を中心に―」

鈴木 尚也 稿
「租税判例の定量的分析―第一審の認容確率を中心に―」

(仙台国税不服審判所 国税審判官/岡山大学大学院 院生)

 法学における判例研究は、実体法の条文で法律要件として記載されている類型的事実(要件事実)をベースに、個々の事案の状況に応じて適用される法律の解釈・適用ぶりを、事案に即して緻密に検証する、定性的分析が通例となっている。それに対して本稿は、行政不服審査に携わる著者の問題意識に基づき、各判決の結論(認容・棄却)について、各種のダミー変数を設定して、統計学的な定量的回帰分析を行おうとする。

 データ分析を用いることにより、税率の変化が納税者の行動に及ぼす影響などを財政学的観点から検討する業績は、すでにわが国でも見られるところである。本稿では租税訴訟の裁判には影響を及ぼす要因があり、その要因毎に様々な影響を実際に及ぼしているという仮説を立て、それを検証しようとする。その際に筆者は、米国の先行研究と同様、計量経済学の手法(プロビット回帰分析)を用いて、租税訴訟の認容確率に影響を及ぼす要因を定量的に分析しようと試みる。筆者は、裁判に影響を及ぼす要因として、個別の租税法、時の経過と時期、原告・控訴人・上告人、裁判長、審級、上訴及び逆転判決、課税処分の違法要件、不確定概念、通達を想定した上で、戦前の行政裁判所時代までさかのぼって公表されている租税事件判決・裁決を実際の訴訟・争訟の結果から集計し、それに基づきデータ分析を行い、請求認容確率に及ぼす影響などを確認するという、わが国においては前例のない作業と研究を試みている。これらの考察を通じて筆者は、①定量的分析の件の説得力を高めるための予備的分析と想定の重要さと、②定性的分析と定量的分析は相互補完的関係にあり、従来の定性的分析での研究成果に定量的分析を用いて横断的検討を行うことで生まれる新たな可能性を強調する。また、裁決例や裁判例の公表やベイズ統計学などの新しいアプローチなどへの期待を込めて、将来への課題としている。

 本書で示されたデータ分析の結果は、予測される多くのダミーについて、必ずしも有意な分析結果を提示しておらず、現段階では実務に有益な示唆を与えるとは言い難い。ただし、従来の定性的な課税要件規定の解釈や適用による租税判例分析に加えて、争訟実務担当者の観点からのデータ分析の有用性如何を追加的に検討しようとする筆者の試みは、独創的かつチャレンジングで、今後の展開を期待させる。検証結果について言えば、裁判官などのダミーは、予測通り有意な結果を示したが、税法別など、複合要因の想定されるダミーについては、実務に有意な結果を得ていない。今後は想定段階でのダミーの細分化などの工夫も必要となるかもしれない。いずれにしても、租税紛争に臨む当事者にとって、紛争での解決見込みを含む予測に関するデータ解析は、それが有意であるならば、資源配分など紛争過程の効率的なマネジメントに資することが期待される。この種の研究の有用性と必要性は、益々大きくなるであろう。本稿はそのような試みに果敢に挑戦しており、新領域への新たな道筋を模索する研究として位置付けられ、租税資料館賞に値する研究と評価する。

論 文(PDF)・・・・・・793KB