大石 恵 稿「効率的な地方税徴収をもとめて ―不動産税リーエン制度に関する考察―」

大石 恵 稿「効率的な地方税徴収をもとめて ―不動産税リーエン制度に関する考察―」

(一橋大学国際・公共政策大学院 院生)

 本論文では、アメリカの不動産税リーエン制度を取り上げて紹介・検討し、わが国の地方税徴収のあり方についての提言までを行っている。筆者は、不動産税リーエン制度は、自主的納付のインセンティヴをもたらし、その導入によって徴税事務の効率化が期待できるとする。

 本論文の第一章では、わが国の地方税徴収制度の概要と徴収実務上の課題が述べられるが、それと併せて、わが国の滞納税徴収の手続きにおいては、とくに不動産を換価する際のコスト(時間、労力、専門的知識)が高く、結果として換価に至らず差押の状態が長期化してしまう状況が説明されている。第二章では、アメリカの地方税徴収制度の概要と租税リーエン制度が紹介され、税徴収制度の日米比較が行われている。第三章で筆者は、不動産税が地方税の原則(応益性)を満たす重要な税目であることを指摘し、不動産税リーエン制度の詳細を説明する。連邦・州・地方政府の、相互の租税リーエンの関係については、私債権との関係においても、地方政府の租税リーエンが優先されていることを紹介する。また、リーエン売却手法として、伝統的なオークション方式に加え、バルクセール方式、証券化方式というような手法が用いられていることにも言及しており、それぞれの比較が行われている。一方で、リーエン購入者の過剰な徴収行動、民間セクターの徴収行動を規定する法律の不備等の不動産所有者保護における問題があることや、不動産税リーエン制度は州・地方政府によってその仕組みや運用が異なることが指摘されている。そこで、第四章においては、その実例を通して、運用実態や効果・問題点が具体的に検討されている。第五章では、租税リーエン制度導入をめぐる、これまでのわが国における議論を紹介する。第六章において筆者は、わが国の固定資産税にこの制度を導入する際に予想される障壁を指摘した上で、この制度導入に向けての筆者自身の試論を展開する。筆者によれば、最も重要な障壁は、租税債権の優先性についてのアメリカとの考え方の違いにある。不動産税を他の税目や私債権に優先させる考え方が定着しているアメリカに対し、地方自治の伝統の薄い日本で、そのような考え方に合理性を見出せるかどうかが鍵になるとする。さらに、筆者は、徴税事務や公権力行使における民間委託が可能かどうか、という議論まで踏み込んで、論争的な議論を展開する。

 本論文は、税徴収の実務面に配慮しながら、不動産税リーエン制度について詳細かつ緻密に検討した文字通りの労作である。制度の理論と実際を、アメリカにおける判例・研究論文および実際のデータに基づいて実証的に論じており、この分野における貴重な資料としても十分通用しうる内容となっている。とくに、第六章の試論については、公権力行使の民間委託や租税リーエン制度導入の是非、不動産所有者保護の必要性、租税債権の優先順位のあり方等に関して、さまざまな意見や議論を生むことが予想される。その意味でこの論文はきわめて多くの問題提起をしており、読む人をして考えさせる論文であるとも言えよう。租税資料館賞の受賞対象としても高く評価しうる。

論 文(PDF)・・・・・・2.67MB