太田 和秀 稿「役員給与、役員退職給与の適正額・適正処理に対する一考察」

太田 和秀 稿
「役員給与、役員退職給与の適正額・適正処理に対する一考察」

(明治大学専門職大学院 院生)

 役員報酬ないし役員給与及び役員退職給与に関しては、平成18年度および平成19年度税制改正により法人税法34条、法人税法施行令69条・70条が大幅に改正され、さらに平成29年度税制改正により業績連動給与の見直しが行われた。筆者によれば、これらの改正は、主に株式を公開している大企業向けのものであり、日本の9割を占める中小企業にとっては、事務負担が増加し、恩恵を受けることが困難な状況にあるという。

 筆者は、役員給与や役員退職給与の適正額について争いになるのが、地方の優良企業である中小企業の経営者に対するものであることが多く、適正額の判断も、倍半基準や功績倍率等、同業類似法人と比較する方法により行われている現状は、優秀な経営者に対する中長期的なインセンティブ報酬の支給に対し阻害要因となり、日本の活力、経済発展を縮減させることになるとの強い問題意識を持っている。すなわち、「不相当に高額」という不確定概念により損金不算入とされる裁判例が多いが、これらの裁判例で示されるように、わが国の経済を下支えしている地方の優良企業の経営者にとっては、本来の中長期的なインセンティブ報酬を受け取るのについて、税法が障害になっているのではないかという主張である。そこで筆者は、どのような法改正をすれば、①裁判という方法によらずに申告納税制度による円滑な納税義務の実現が図れるのか、②納税者側の予測可能性と法的安定性の向上が図れるのか、という2つの点を意識して、現行税制の沿革、その改正経緯、裁判例、先行業績等を踏まえて考察する。その結果、筆者は、法令改正をする以外に適切な改善方法はないとして、①非上場企業側からの役員報酬に関するアカウンタビリティーの課税庁側への情報開示すること、②課税庁側からのディスクロージャーによる納税者の予測可能性の向上させること、さらには、③それらを制度化するための法人税法施行令70条の改正すること、に向けての提言を行っている。

 中小企業といえども実際には様々の態様があり、役員の経営手腕にも大変な違いがある。それにもかかわらず、同業類似法人との比較によって、機械的に役員報酬の適正額を算定する従来の手法に対して、筆者は否定的立場をとる。課税当局や裁判所に対して「役員報酬については実質的な基準で職務執行の対価性を判断して欲しい」という筆者の強い思いから本論文が書かれたことが、読者にもよく伝わってくる。裁判例や先行業績についても、網羅的にあたっており、筆者の結論は、十分な検証を経たことを窺わせる。その論旨は、極めて明確である。「わが国企業の9割を占める中小企業」のことを問題意識の中心に据えながら、なぜコーポレート・ガバナンス・コードから論理を展開するのかなど、論証に際して大企業と中小企業の区別が明確に区別できていないためなのか、論理の筋道には若干分かりにくい部分もある。もっとも、平成18年度改正の是非を裁判例と実務の観点から再考察する試みなどでは十分な成果が挙がっており、その着実で丁寧な検証作業は高く評価される。

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